孤独が死臭を放ったら | 17:52
---------------------
「みんな死んでいくよ。みんなみんな、死んでいく」

わたしは蜜姫の亡骸を抱いて、ひとりきりで、赤い粒にきえていく世界をながめていた。宇宙に抱かれてるみたいな虚無感がひたすらにわたしを足元から脅かしているけれど、世界が終わりつつあるこの現状ではその感覚も薄らぼんやりしている。蜜姫のからだは石のようにつめたかった。蜜姫に化けた最弱を追いかけていった美名の背中とはちがう方向に駆けたわたしは、観音逆咲高校の校舎のしたで彼女の死体をみつけた。ああやっぱりか、とおもった。それ以外になにも思わなかった。思えなかったのかも、しれないが。
蜜姫の胸の真ん中には痛々しい傷がひとつだけあった。するどいなにかで貫いたような傷だった。そう、林檎の入れ物であるしんぞうのあたり。しろい指先で穴の淵をそっと撫でた。こびりついた血は剥がれなかった。わたしの指先はほんのすこしだけ黒くよごれたのみで、かさついた皮膚はひきつれたような軋みだけをうったえる。

「美名は、どうしただろうね。最弱は、死んだのかな…グリコは、白雪姫にあえたのかな」

なんとなく、わたしの終わりはここではないという気がした。ずっと慢性的な生を抱え続けてきたわたしのこころがそんなことを言っている気がしたのだ。どうだろう。わからないなあ。蜜姫を、見下ろす。つめたくなった肌。青白い唇はなにかを紡ぐ寸前で停止している。いつもかぶっていた耳付きの帽子はもうその頭にはなかったし、いつももふもふとこちらの頬を包んでいた手袋は傷だらけでところどころ裂けていた。殺原蜜姫はしんでいた。それををわたしは理解している、理解しているはずだ。
空を見上げると、そこも真っ赤だった。世界が終わる、けれど、白雪姫は目覚めるのだ。この世界から。血なまぐさくて絶望に満ちた、でも彼女にとっては天国だったこの世界。わたしにとっては、…どうなのだろう。

「もしかしたら、」

もしかしたら。
きみがいたから幸せだったかもしれない。きみがいたから。純真無垢にわらう、天使のように歩く、けれど脆さも孕んだきみが、いたから。
膝に載せていた蜜姫の頭をそっと地面におろした。ゆっくり立ち上がると、蜜姫の足の先が背景とまぎれて赤い粒に変わっていく。さらさら、さらさらと。

「…おつかれさま、蜜姫」

これまで長かったでしょう。欠片だなんて厄介なものに目をつけられて、絶望を感じることさえもゆるされなくて、はたしてきみはしあわせだったんだろうか。否、しあわせだったと信じよう。だってわたしも、しあわせだったんだから。

「…またあえたら、」

声がひび割れていく。ぱたりと垂れた涙は一滴だけだ。夢を語るわたしの足元で、彼女はあかくきえていく。聞こえていますか、聞こえていたなら、どうか、約束を果たして。

「またあえたら、きっと、またわたしのとなりでチョコレートパフェをたべてね」





(梢 ヘビの末裔だが本人はそれを長いあいだわすれていた。いたってふつうの感性をもっているが、たまに抜けている。誤魔化すみたいにわらうのが癖。魔術をかけた弾丸を用いたリボルバーが武器だが、使用しすぎると手足が凍りつく呪いがかけられている。)

銅貨