Cあかあかと燃えて星の海 | 19:42
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靄のような「あく」に弾丸をはなつ。彩度と明度が限りなく低いその塊は銀の弾丸に貫かれそのまま派手に爆散した。のしかかってきたふたつめの個体をジャンプして避けて、空中でひらりと身をひるがえしてまた発砲。着地は右足から、踵を鳴らしてくるりと旋回、ちかづいてきた「あく」を回し蹴りで撃退する。片方のリボルバーをおさめ、銃弾を手早く補充するためシリンダーを押した指が、なんということだろうか、すべった。「、うわ」さあっと血が落ちていく感覚。焦りは積み上げたものをかんたんに崩す。あわてて銃を握りなおそうとしたわたしであったがわるいことは重なる、同時に飛び退ろうとした足はヒールの高いブーツであることが災いし、足首が横に倒れてぐきり。大わらわでキャパオーバーしそうだったわたしの背後にうかぶ影はそのままわたしを呑み込もうとして、

「馬鹿」

わたし自身の影から浮かび上がった薄いからだがその「あく」を切り裂いた。飛び散った闇色がわたしの頬にこぼれて染みた。彼はそのまま下に振り下ろした巨大な大鎌を振り向きざまに振り上げ、もう一体も裂いてみせる。それがどうやら最後の個体だったらしい。最後の一体が掻き消えた瞬間、あたりに漂っていた「わるい」空気が晴れ、いつもどおりの静かでつめたい街のはずれへともどっていた。

「…………」
「…………」
「……ありがとう、ございます…」

彼は機嫌がいいんだかわるいんだかさっぱりわからない半眼でわたしを見下ろしている。まとった真っ黒いローブみたいな服はよくみると端っこが水で溶いたみたいにうっすらと空気に溶けていて、煙のようにひろがっている。とにかく手にしている大きな鎌が威圧感を放っていた。

「…気抜くのはやすぎ」
「え」
「毎回やってんじゃないの、銃弾の交換なんか。それにクソ松んとこでいやになるくらい練習したんでしょ、今更なんでそこでミスってんの。ドジ踏むのも多すぎ。なんであそこで足首ひねるわけ」
「…なんででしょうね?」
「おれがきいてんの」
「…ごめんなさい」
「…おれだっていつもおまえの影んなかいるわけじゃないんだから気ぃつけろよってこと」
「…善処します」

リボルバーをホルスターにしまいこみ、へらりとわらうわたしに彼は手を出した。手のひらがうえで、なにかをねだっているようなかたち。

「…?」

ちらりと彼の半眼をみやるがただみつめかえしてくるだけでとくにこれといった反応がない。なにを求められているのかよくわからなかったのでわからないままこちらも手を出し握手をしてみると、即座に舌打ちされた。

「誰が握手しろっつったよ馬鹿」
「いや、だって」
「御褒美」
「あ」

そのことばでなにを求められているのか察した。あわててポケットから出したシンプルなシルバーリングを右手の小指にはめる。それから手を差し出すと、一松は「ん」と手を取り、その指輪に口づける。
彼は死神であった。彼のような死神はにんげんと契約してその身に溜まった「澱」をたべるのだという。「澱」はさきほどの「あく」のような「わるい」ものに接することで溜まっていくのだとか。わたしは記憶をうしなってから彼に出会ったようなかたちになっているが、どうやらわたしのしらないわたしもまた彼と出会っていたらしい。彼の動作がそう語っていた。

「…どうしてわたしと契約なんてしたんですか」
「は?」
「わたしであった意味をきいたんです」

「澱」はあらかた食したのか、指輪から口を離して律儀にも口づけた箇所を袖口で拭っていた彼は、たずねるとわかりやすく機嫌がわるそうな顔をして、眉をひそめた。

「なんでそんなこときくの」
「…気になったから」
「べつに。深い意味なんてない」
「…本当に?」
「…嘘だったらなに。知ったとこでどうにもならないでしょ」

彼がぱっと手を離したせいで、ちからをぬいていたわたしの腕は慣性の法則にしたがいぱたりと落ちる。腑に落ちない顔のわたしをみた彼はほんとうにいやそうな顔をして、けれど口を開く。

「…昔できなかったことだから」
「え?」
「なんでもない」

また舌打ちして、彼はそのままわたしの影に溶けていった。もとから考えるのがあまりとくいなほうではないわたしはすこしだけ首をかしげて、なんとなくつけたままだった指輪にキスをして、もう1度首をかしげた。


銅貨