Dセブンスターを撃ち落とせ | 21:34
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彼は歌がうまい。わたしなんかよりよっぽど歌がうまい。天使だからだろうか。きっとそうだろう。彼は鳥のようにうたう。さえずるように、きらきらとうたうのだ。その口からあふれだす賛美歌は、やはり神聖なものにきこえた。

「…天使様は歌がうまいんですね」
「え!なんで!」
「え、なんでって…うまいから、」
「そうかなー?」

彼の背に生えた4対の翼がばたばたとはためいて、頭の上にうかんだ2重の天使の輪っかはステンドグラスから落ちてくる陽の光をあびて輝いている。だぼだぼの袖口を口もとにあてて、彼は首をかたりと傾けた。

「歌、すきなんですか」
「歌ー?すきだよ!たのしいし!」
「たのしい?」
「うん!たのしくない?」
「…」

たのしいかどうかはよくわからなかった。そもそもわたしがうたっているのは賛美歌で、祈るためにうたっているのだ。そこにたのしさなんて、あるのだろうか。それでも、天使がとてもたのしそうにうたっているのはわかる。無邪気にこどものように、うたう。

「あっカラ松兄さん歌めっちゃうまいね!」
「ああ…たしかに」
「でも纏のほうがうまいよ、たぶん!」
「え、わたし?」
「そう!」

ばっさばっさと翼を揺らし、十四松は飛び上がる。長くてやたらと飾りのついた服の裾は重たそうで、けれどそれをものともせずに天使は飛んでいる。

「なんかね、のびのびってかんじがする!」
「わたしの歌が?」
「うん!なんかね、しあわせそうな」
「…しあわせ?」
「しあわせ!」

しあわせ。そう言った彼の顔は笑顔で、けれどわたしのこころはすぐに空っぽになる。いつのまにやら足元が穴になったような錯覚。気を抜いたら真っ逆さまに落ちてしまいそうな、不安定な浮遊感。しあわせ。しあわせって、なんだ?

「…しあわせってなんですか」
「?」
「………」

天使に顔をのごきこまれ、けれどその目はわたしを責めてなんていなくて、だからわたしはことばを続ける。

「わたしが生きてたらしあわせだってひともいるし、わたしが家族でしあわせだってひともいる」
「うん」
「でもそれってわたしのしあわせなんですか」
「……」
「ただみんながしあわせなだけなように感じて、…わたしはしあわせなんだろうか、とか、わたしにとってのしあわせってなに、とか」

考えるのだ。
わたしがだれかのしあわせになっているのはわかる。けれど、それって自動的にわたしがしあわせになる、ってことではないのだ。だってわたしが抱えているのはただの虚無で、それ以外思いつかない。影を見下ろす。喉がささくれたような感じがした。

「んー」

口もとに手を持っていくのは彼の癖である。目をちょっと細めて、首をかたむけてしばしうつむき、そしていきなりばっと顔を上げたものだから、わたしはとてもびっくりした。

「ぼくはね!纏がしあわせなのがしあわせだよ!」
「へ?」
「んーとね、だから、ぼくがしあわせだなーって思ったら、それって纏もしあわせだからだとおもう」
「…?どういう、」
「纏はちゃんとしあわせだよ!」

ぼくが知ってるしわかってるよ!
実際何を言っているのかはんぶんくらいわからなかったけれど、同時になんとなく言いたいことはわかって、それに彼のその笑顔がほんとうに天使みたいだったから、わたしの心臓は一瞬とまって、またうごきだす。

「…わたしがしあわせ、なら」
「ぼくもしあわせ!」
「…なら、十四松がしあわせなら?」
「纏もしあわせだ!」

へにゃりとゆるむ口がほんとうにうれしそうだった。わたしは何度もそれを復唱する。しあわせ、しあわせ、しあわせ。なにかのパズルのピースがはまったような、わかりやすい答えをもらったような、そんな感覚。

(そう、か)

それで、いいんだ。口元をゆるませるわたしの手を取り、天使は笑顔で高らかに言う。

「じゃあもっかい歌おうよー!」
「え、もう一度?」
「せーのー!」


銅貨