テロメアの微熱 | 20:54
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わたしは死ぬまでおんなの幸せとやらを享受することはできないんだろうとなんとなく理解していた。わたしはひとりのおんなであるが、同時にひとりの兵士なのだ。人類の敵であるあのデカブツを殺すための手段を学び身につけ、人類にこの心臓を捧げなくてはならない。わたしの血と肉と骨はすべて人類の栄光のために捧げられきえていくのである。それを十代のころから理解していた。わたしはなんとなくしか形容できぬ「人類」につかえているのだと考えていた。人類の栄光、人類の名誉。そんなもののためにわたしはいきていたし、しぬのだろう。だからわたしはわたしとして存在したかもしれないしあわせをとりこぼしているのかもしれない。
そんな話を同期の友人にしたことがある。彼女はそれをきいて暗鬱そうな顔をして、「考えたくないことをへいきでかんがえるのね」なんてことをわたしにいった。だれだっておんなならば考えたであろうことを、わたしだけが口にしたのだという。その友人は数年前の壁外調査で巨人に踏み潰されて死んだ。死に顔をみることはなかった。上を向いた睫毛が印象的だったその顔は潰されてからだもろとも血と肉の海に沈んだ。
訓練兵時代わたしはまだ成人していない未熟な少女であった。毎日過酷な訓練に身をやつし、疲労困憊のからだに与えられるのは具の少ない薄いスープとパンのみだった。指にはマメができよぶんな脂肪は切り落とされ、年相応にするするのびた手足には訓練によって身についた筋肉と申し訳程度の肉、そして皮しかなかった。あきらかに栄養は足りていなかったけれど、このご時世そんなのはあたりまえだった。そしてそんな栄養不足の状態であってもわたしのからだは女性へと変貌してゆく。
同期の男子の姿をぼんやりながめてうらやましくおもったことは数えきれない。彼らは重い胸を煩わしくおもうことだってないだろう、股から血を滴らせる不快感にさいなまれることも、その痛みをかかえ吐き気に耐えねばならぬことだってないのだろうと、そうねたましくおもったこともある。
わたしたちはおんなになる。けれどわたしたちにおんなとしてのしあわせがおとずれることは、きっとないのだ。わたしたちはつめたい刃を握り、とびたかった空をちがうかたちでとんで、歯を噛み締めだれかの仇を殺す。わたしたちは兵士で、おんなであることは戦場では二の次でしかない。
わたしたちは、ほんとうの意味でのおんなにはなれない。
「………」
昼の太陽のひかりがわたしの視界をちかちかとくらませていた。買った品々を抱えたわたしは足を止めて、道のはずれに並ぶ親子をぼうっとみつめていた。木の枝を振り行進でもしているように歩くこどもと、それを静かにたしなめる母親。そのどこにでもあるような光景が、どうしてこんなにもまぶしくみえるのか。
「…おい なにしてる」
「……兵長」
声がして、前をむくとそこには兵長が立っていた。腕を組み、いつもどおりの凶悪な眼差しでこちらをみている。足を止めたわたしを不審に思っているらしい。その目がわたしの視線をなぞり追いかけて、その先にあるものを視認し、不可解だったのか眉根がよせられる。
「いえ、なんでもありません 行きましょう」
誤魔化すように首を振り、ことぱをならべてわたしは歩くことを再開する。兵長はなにか言いたげにわたしをみていたが、やがてなにもなかったかのように口をつぐんだ。
わたしは母親になりたかったのかもしれない。でもそれはもうかなわない未来。わたしはきっと人類のために死ぬ。それをいやだとおもったことはない。けれど、それでも、わたしは兵士にならなかったありえない未来を夢想する。そんな世界はありえないのに。
わたしの骨が未来のあなたが立つ地面に埋まっていればいいと、そう、おもった。

銅貨