真夜中に仰ぐ青春 | 13:51
---------------------
わたしはおさないころにそれをみた。わたしのおさないころというのはとてもひどく鬱血したような日々であり、思い出したくもない暗黒に塗りつぶされている。痛いくらいにつめたくなった指先にはこれでもかとばかりに冷水が這い上がり、落ちる目尻にまでも追いすがる諦めがあった。そんな日々のなかで、ふらふらとうつろな足どりで街に繰り出したわたしの目にうつったのは、満面の笑顔できらめきをふりまく、ふたりの少年の姿だったのだ。
ふたりはまったくおんなじ顔をしていた。瓜二つ、というよりも、そのままおなじ。俗に言うふたご、というやつなのだとすぐに気がついた。彼らは跳んで跳ねて、あっと驚くようなことまでをやってのけていた。おおきな道のまんなかで、大きなボールやちいさなボール、長さの様々な棒などを用いて道行く人の視線をあつめていた。わたしもそのうちのひとりだった。わたしとおんなじくらいのちいさな少年ふたりが、こんなにも輝いている。そのことに、わたしの幼心はどきどきした。冷えきった両腕を抱きしめ、口をばかみたいにあけてそれに見入った。わたしはふたりに魅せられていたのだ。それは当時のわたしに注がれた、唯一の光だったと言っていい。

「…ひなた」

難しい顔をした彼に、声をかける。唸っていた彼はぱっとわたしを見ると、「なに?」と首をかしげる。夢ノ咲学院アイドル科、裏庭。わたしはここで学ぶ写真家であり、まあそれにはいろんな紆余曲折を経ているわけではあるが、それはここでは割愛する。わたしはまだ1年生。この葵ひなたとおんなじ学年である。

「なにへんなかおしてるの」
「うーん?あのね、どうしたらゆうたくんが一緒にお昼食べてくれるのか考えてる」
「ふーん」

この兄のかんがえることといえば、6割がその弟についてだ。それはよく知ったことだったので、わたしは目を瞬いてそのとなりに腰を下ろした。スカートの裾を抑え、首から下げたカメラを撫でる。

「はーあー!どうしてゆうたくんは俺と一緒にいてくれなくなっちゃったんだろう、やっぱり反抗期なのかなあ」
「…先に離れたのはひなたなんじゃないの」

ぼそりとつぶやいた声に、ひなたはきょとんとした顔をした。わたしは視線をそらす。

「なんで?」
「なんでって…よくいってたじゃない。そろそろ親離れっていうか兄離れだって」
「…よく覚えてるねなつめ」
「なんとなく」

指先を撫でるくせがなおっていないことに気づいた。わたしの指先はもうあのころのようにつめたくかさついてはいないが、でもやっぱりささくればかりで荒れた手だ。

「まあそうなんだけどね。実際、お兄ちゃんらしくしようとしたのは俺だし」
「…仲良くすればいいじゃない。兄弟でしょ」
「そんな単純なものじゃないから、困ってるんだよ」

突き放すようなことばにきこえたのはたぶん卑屈なわたしの気のせいで、けれどわたしはそれをなあなあのまま放置することにした。適当なあいづちをうって、いつだってわたしの目を奪う彼の隣で膝に顔を埋めて。彼が辛いものがすきなのだと公言し始めたのがいつだったのか、わたしはあまり覚えていない。いつからあまいものすべてを弟に与え、ちがう道を目指し出したのか、わたしは知らない。知らなくてもいい。

「…なつめ?」
「なに」
「どうしたの、眠いの?寝不足?」
「…さあ」

ふしぎそうにこちらをのぞき込むひなたから顔を背けると、むこうからややまゆを立てたゆうたが歩いてくるのがみえた。「…ゆうただ」「えっうそ、ほんとだ!ゆうたくーん!」するりとわたしの横から立ち上がり、手を振りながら彼の元へかけていくひなたを見送る。わたしは草に手をつきゆるりと立ち上がる。彼らはわたしの手のとどかないところに立っている。でもわたしはそれでよかった。わたしは彼らのふりまく輝きを享受するだけでいい。彼らはたぶんわたしがとなりにたっていると、そうおもっているのだろう。それはちがう。わたしは彼らの姿をフレームに収め、何歩分もおくれたところから、それを見守っているだけだ。それでいい。
ゆうたがこちらをみる。へらりとわらうひなたにあきれた顔をして、こちらに歩いてくる。わたしはうかべる表情を決めかねたまま、そんな彼を迎えるのだ。

(思いと想いの剥離に揺れ動くカメラマンの少女 諦めと捨てきれないなにかどろどろしたもの)

今回イベで克服しつつあることが判明してよかった…!おにいちゃんも弟もみんなだいすき ピッポロ〜

銅貨