甘口カレーは刺激的 | 20:00
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すん、と息を吸うと潮の香りが肺に満ちる。少し遠くでは兄がばちゃばちゃとやかましく波と交戦しているのが見える。纏は底の薄いサンダルを脱いで、裸足で白い砂を踏みつけ立っていた。波の音が耳朶を揺さぶる。海に行こうと言い出したのは十四松だった。朝食の片付けを終えテレビをながめていた纏に突撃し、「海行こ!」と叫んだその顔はいつもどおりぽかんと口が笑みのかたちにひらいたままで、言われるがままに連れ出された纏は今こうしてぼーっと水平線を見つめている。空は曇り、灰色がうすくひろがっている。久しぶりに箪笥のなかから引っ張り出した白のワンピースの裾がばさばさと揺れる。幼い頃もこうして家族総出で海に来たことを思い出した。力のある男どもがさっさとビーチパラソルを砂浜に刺し、我先にと海へ向かうさまを女ふたりは日焼け止めを塗りながら見送ったものだ。纏は無為に足元の砂を脚でかき混ぜた。痛いようなくすぐったいような感覚。ざりざりとした砂の感触に意味もなく浸っていると、びちゃびちゃと水をしたたらせながら兄がこちらへ走ってきた。冬はまだ先とは言えども夏はとっくに過ぎ去っている。寒くないわけがないだろうに、兄の双眸には光が満ちている。

「まつり海入んないの!」
「寒くないの、十四松にいさん」
「めっちゃ寒い!」
「じゃあやめとく」
「そっか!」

ぶるぶるぶる、とまるで犬のように身体を揺らす兄から飛び散った水滴をもろに浴びながら、肩に掛けていたトートバッグからタオルを取り出して彼の頭をもふりと包む。自然と兄は前かがみの体勢となり、彼は首をかしげた。

「お?」
「目、閉じて」

わしゃわしゃとタオルを動かして髪の毛を拭いていく。舞った雫が砂を丸く穿つ。言われたまま素直に目を閉じて気持ちよさそうにする十四松はほんとうに犬のようだ。
十四松が楽しそうなので纏はついくすくすとわらってしまう。潮風が鼻の先をくすぐっては波の音に消えていった。


「夜ごはんなんだろーね!」
「今日はたぶんカレーだよ。おかあさんがいってた」
「まじっすか!」
「まじっすよ」

帰路。海沿いの石垣をひょいひょいと渡っていた十四松は塩水のせいでぱりぱりになった袖を揺らし、振り向く。その微妙に焦点のずれたふたつの目と目があって、纏はこてんと首をかしげる。

「海たのしかった?」
「たのしそうだったね、にいさん」
「んー、まつりは?たのしかった?」
「たのしかったよ。海なんてひさしぶりだった」
「じゃあまたいこ!」
「うん。でもこれからもっと寒くなるから軽率に水にはいっちゃだめだよ。凍死するから」
「なんと」

(20170117 加筆修正)

銅貨