例えば、個性がヴィランっぽいとか。
例えば、ひとり親家庭ということとか。
例えば、母の異なる兄がいることとか。
例えば、その兄は暫く姿を見せず、いつのまにか失踪したとか。
私の住む狭い地域ではどんなことでも相手を蔑む話題となっていた。くだらない。だが、それでも母からの人を助ける個性と、見たこともない父か受け継いだ人を傷付ける個性と周囲を見返すための努力とほんのちょっとの才能で大体のことはやってこれた。
なのに。端的な、それでいてどこか高揚した、たった一文の言葉で私のこれまでを全てを壊してしまった。


その最悪な出来事は数日前に遡る。日が落ち始めた頃、学校から帰り何となくテレビを見ていたら速報が流れた。いつもは携帯とテレビの画面を交互に見ながら、ふーん、と受け流す程度。だがそのテロップが目に入った途端、ドキリと心臓が鳴った気がした。

『ヒーロー殺し、ステイン(本名:赤黒血染)保須市にて遂に逮捕。』

――――― 赤黒、血染。
その名前は私の体の中を一瞬でぐちゃぐちゃにした。そんなことも関係無いという様に。すぐに番組はヒーローニュースへと移り変わる。しかしそれからの言葉は断片的にしか頭に入ってこなかった。保須市、ヴィラン、エンデヴァー、ステイン、高校生3名。
最近インゲニウムという人気ヒーローを引退へと追い込んだ男。ステイン。見事、逮捕。
あかぐろ。
私と同じ名字。
それだけなら、まだ、偶然だと思うことができた。しかし、その名前は小さい頃の記憶を少しずつ思い起こさせるには事足りていた。
ちーくん、本当に小さい頃遊んでくれていたお兄ちゃん。小学校高学年の時に血の繋がらない兄だと知らされたのだが、その頃には彼は既にどこかへ消えてしまっていた後だった。そして噂がすぐに町全体に広がるこの閉鎖的なコミュニティでは私が中学を卒業する頃には大体の人が知っていることとなる。こんな小さな町ではプライバシーなんてあってないようなものだった。

突然に手の中の携帯が小さく鳴りだした。あ、と意識せずに声が漏れる。見るといつも一緒にいる友人からのメッセージ。まだ読んでいないのに心臓がどくどくと音を立て、呼吸が浅くなっている気がする。体は動こうとしないのに、色んな想像が頭を駆け巡る。
ほら、いつもみたいに宿題の範囲教えてってことかもしれない。そんな風に自分を落ち着かせたが、一瞬で、嫌な方の想像が現実となった。

『名前って、  』

ああ、くそ、なんで。なんで。なんで。でも。私には関係なくて。いや、でも、血が。繋がっている。血が。
それからは堰を切った様に何人からもメッセージが届く。文面は違えど内容は同じもので私を簡単に追い詰めるものだった。
そんな中でも頭のどこか隅は冷静で、ちらりと視界の端に夕飯の準備をしていた母さんが映る。さっきまで小気味良く食材を刻んでいた手が止まり、カウンターの向こうからテレビを見ながら固まっていた。湯を沸かしているやかんがシュウシュウと音を立てている。ギギ、と音を立てそうなくらいぎこちなく母さんがこちらを見る。そこには少しの恐怖が混じっていた。それなのに、私の喉からは情けない声が出る。

「ねぇ、おかあさん、私って」

ヒーロー殺しの妹なの?

母さんがまたギギ、と口と目を歪ませた。母さんのそんな顔初めて見たとぼんやりと思った。その顔はさっきの恐怖に加え悲しみが混ざったように見えた。
ピィーっとやかんが、喧しく鳴った。運動会の綱引きとかで鳴る終わりのホイッスルのようだった。
この日から、私の平穏は崩され、居場所はどこにも無くなった。






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