その後相澤先生が教室に入ってきて、早く席につけと眉を顰めた。私のせいで時間がなくなってしまったが、本当なら次はUSJで救出訓練の予定だったらしい。だが急遽時間割を変更し、普通科目の授業となった。終了後みんなに謝ると皆からはもう謝るな!泣くな!と怒られ、お詫びに私のアパートで今週の金曜に歓迎会という運びになった。

授業が終わり、皆ばらばらに家に帰る。私はふと思い立ち、校長室へと向かった。アポも無いし、いるかも分からないけど、校長先生に伝えなければと思ったのだ。早足で歩を進めると、曲がり角からやぁ!と会いたかった校長が現れた。思わぬ登場に驚いているとニコニコと笑いかけられる。

「今日授業で色々あったそうじゃないかい。良かったら聞かせてくれないか。僕の部屋でいい?」
「え、あっ、はい!」
「ふふ、顔付きが1日でだいぶ違う。さぁ紅茶を入れようかな」

顔つきなんて何が違うのかは自分では分からないけど、気持ちには大きな変化があった。それも聞いてほしい。小さな子供が今日あったことを聞いてほしいと親に強請るように、私は校長室へと踏み入れた。

こぽこぽとカップに注がれる透き通った黄金色。そこからふわりといい香りがした。校長はよいしょ、とソファに腰掛けながらカップに口をつけた。私も釣られるようにこくりと口に含む。温かで少しだけ渋みのある液体が口の中を満たした。

「じゃあ話してくれるかな。思い出した順番でいい。ゆっくりで、君の気持ちを聞かせてくれ」
「はい。えっと、朝、校長と別れたあと…」


それから私は時に支離滅裂になりながらも話し始めた。
朝の自己紹介で「赤黒」という姓を名乗れなかったこと
クラスの子たちが優しくしてくれて嬉しくて、安易かもしれないけどここにいたいと思ったこと
体力テストで個性発動のために切島くんに傷をつけてもらったこと
その時も自分の個性を偽るような言い方をしたこと
梅雨ちゃんにステインの個性と発動条件が似ていると言われ、頭が真っ白になったこと
気付いたら皆を傷つけ、個性を弱らせていたこと
ステインの妹であると告げ、逃げ出したこと
どこか分からない所でひたすら泣いたこと
飯田くんが迎えに来てくれたこと
帰ろうと言ってくれたこと
君は、

「『ステインの妹でも関係ない。君は君がやるべきことをやれ』そういわれました」
「うん。君はそれを聞いてどう思ったんだい?」
「嬉しかった……ステインが捕まった日から、私を私として見てくれたのは、飯田くんだけだった。私ですら、自分のことを自分と見れなくて、"ステインの妹"っていう肩書みたいなものに縛られていたんだと思います」

だからこそ、前の学校のあの子に『お前もいつかステインみたいに人を殺す』と言われて、何も言えなかった。だって私自身がそう思っていたんだから。けど飯田くんはその呪いから私を助けてくれた。"赤黒名前"は"赤黒名前"であって、"赤黒血染"じゃない。そんな、当たり前のことにも気付けないなんて。


「それにクラスに戻ったら皆が、受け入れてくれたんです。強くなろうって。校長先生」
「なんだい?」
「私強くなります。今まで弱かったから、今度こそ誰も傷つけないように。みんなを救えるように」
「あぁ、やはり顔が違うよ」

ヒーローの顔だ

そう言ってくれた先生は穏やかで、嬉しそうな顔をしていた。それから少しだけこれからのことをアドバイスされて、気付けば下校時刻をとっくに過ぎていた。

「遅くなってすまない。気を付けて帰るんだよ」
「はい!ありがとうごさいました!」

しっかりとお辞儀をして部屋を出る。しばらく進んでから、あっと思い出しぱたぱたと部屋に戻った。

「先生!」
「こら、ノックしなさい」
「あっ、ごめんなさいっ。けど1つ忘れていて」
「?どうしたんだい?」
「猫、ありがとうございました。それに、あの時先生を疑って、傷つけることを言ってしまってごめんなさい!さよなら!」

言い逃げするように部屋を出て行けば、少しして校長の優しい笑い声が聞こえた。




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