「棚ぼただよなー…。」
眼の前に聳える大きな門を見上げながらふと呟いた。こんな時晴れて空が澄み渡っていたら私の気持ちも変化があったかもしれない。しかし見上げる門の向こうの空はどんよりとした曇り空で、つくづく運がないなと思った。

用意されたアパートは学校のすぐそばで、一人で暮らすには充分過ぎる部屋だった。荷解きするたびに家のことや母のことを思い出し、忘れようと努めた。翌日に一人暮らしは寂しいだろうから、と校長が猫をプレゼントしてくれた。「この猫から先生方に私の動向が伝わるんですか」と尋ねれば、校長は哀しそうな顔をしたあと、その猫は何もしないよと笑う。よく人慣れしたその猫は日に日に私の唯一の拠り所となったし、それに人間どんな状況でもお腹はすくらしく、ご飯を食べれば少しだけ幸せだった。その後、 私は数日に渡りカウンセリングのようなものを受け、転入の手続きをした。カウンセリングか猫のお陰か、少しずつではあるが悲壮的な感情は怒りへと変化していく。
ステインなんて知らない。ここで1番になって、私を捨てた母と蔑んだ元・友人たちを見返してやる。そんな野望に身を染めた。

そして、冒頭に戻る。
母の為にもと諦めた高校に、母が私を捨てたことで入れるなんて皮肉だなと自嘲した。棚ぼたというのは、なんだかんだ日本最高峰の教育機関でヒーローを志ざせることで、思わず胸が震えた。
真新しい制服に身を包み、何回か訪れた校長室を目指す。校長は制服を似合っていると褒めてくれた。それから君の担任だよとちょっと疲れた感じの男の人を紹介してくれた。

「相澤消太だ。よろしく。」
「……名前と言います。お世話になります。」
「名前ね……早速クラスの連中を紹介する。時間は有限だ。着いて来い。」

相澤は何かを考えるように名前を繰り返した。そしてすぐに背を向けると足早に校長室から出て行く。名前は合理的な先生だなと感じながら、校長にぺこりとおじぎをし、彼のあとに続いた。校長はファイト!と言いながら見送ってくれた。
すたすたと歩く相澤は「うちのクラスは良い奴ばかりだ」とか「不安もあると思うが何でも俺に相談しろ」とか、少女漫画でよく見るような言葉は一切掛けて来ず、ただ一言「見込みがない奴はすぐに切り捨てるから、そのつもりで」とだけ伝えた。やはり合理的な先生だ。不安も感じたが、その言葉がなんだか心地良かった。
しばらく歩くと相澤が立ち止まり、ここだと呟いた。1-A。ここが私のクラス。外からも分かるようなざわざわとした話し声が聞こえる。なかなか明るいクラスなのか。相澤が担任するクラスだからみんな静かに勉強しているようなクラスかと思っていたが違うようだ。
そのまま一緒に教室に入り黒板の前に立つ。私の存在に気づくと、先程よりもざわつきが増した。

「おら早く席につけ。転校生を紹介する。はい、自己紹介。」
「あ、えっと……」

なんかもっと前置きとかあると思ってた。突然の先生からの指示に思わず吃ってしまう。皆の視線が痛い。それに加えて私は自己紹介をどうするか、少しだけ戸惑って、ぎこちないながらも話し始めた。

「県外の、田舎の方から転校してきました。名前と呼んでくれると嬉しい、です。」

赤黒という苗字は言いたくなかった。またあの憎むような視線はこりごりだ。その意図を汲んでくれたのかただ寝袋から手を出すのが面倒くさいのか、先生は私の名前を黒板に書くようなことはしなかった。いつかはばれることだとは私自身分かっている。それでも、自分からステインの近親者というのは嫌だった。

「………と、いうことだ。今日の連絡は以上。これからこいつの個性把握テストを行う。本当はお前らはいつも通り授業の予定なんだが……校長が今後のためにもと見学をするように指示してきた。ので15分後、全員グラウンドに集合」
「見学って…俺ら見てるだけで良いンすか?」
「あぁ。今後こいつとペアやチームを組むことも踏まえ、どんな個性か把握しろ。八百万、副委員長のお前が色々サポートしてやれ。女子だと何かとあるだろう。以上だ」
「わかりましたわ」

先生は淡々と伝えると教室から出て行く。八百万と言われた美人な子がよろしくお願いしますわと声をかけてくれた。それからいろんな女の子たちが代わる代わる自己紹介してくれながら更衣室に案内してくれた。あ、ここで着替えるんじゃないんだ。おぉ、流石雄英。前の高校では更衣室なんてなかったし、何だったら男子の前でも女子は平気で着替えていた。

「個性把握テストって、何するんだろう」
「体力テストですわ。でも個性の使用を認められているので存分に力を発揮できると思います。」
「名前ちゃん、どんな個性か楽しみだ!」
「あはは……みんなに見られるとか、ちょっと緊張するなー…」
「確かに。うちらもう結構前にやっちゃったしなー。あん時大変だったんだよー……」

みんな楽しそうにその時の様子やクラスメイトのこと、これまでのことを話してくれる。優しいなぁ。この頃人の優しさに触れてなかったというか、自分から避けてたから余計に身にしみた気がする。ここなら、居場所あるかなぁ。


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