ステインは間違った方法とはいえ、自分なりの信念に基づいてヒーローを狙う犯行を繰り返していた。『すべては正しき社会の為に』。彼の思想は多くの人々に影響を与えた。実際にヒーロー殺しが訪れた街ではヒーローの意識向上に結果があったという評論家もおり、世論は割れていた。
例えば、ショッピングモールの一角にあった、ヒーロー殺しマスク。芦土は気づいていなかったが、名前はそれを見た瞬間、憎しみでもなければ怒りでも、悲しみでもない気持ちを抱える。


"ステインは、誰かに必要とされた人間"


それは確かに羨望だった


その感情を自覚した瞬間、名前は心の奥底で自嘲する。
母親に捨てられた、という意識は存外根深く心に影を落としていたようだ。 一度は飯田やクラスの皆のおかげで持ち直したと思っていた。けどそれはあくまで応急処置のようなもので。
戦った上鳴電気からの本当にヴィランのようだったという言葉。タイミングが悪すぎたのだ。すべて。
皆を激情に任せて皆を傷つけた日、強くなろうと決意した彼女の心は闇を一身に背負ったような男からの言葉で脆くも揺れ動いていた。
緑谷の肉体がワンフォーオールに耐えられる器になるよう育てられたものの、グラスいっぱいの水で想像されるようなぎりぎりの力で保てていたように、赤黒名前の心も外部の力で、少しだけ形を変え矛先を変えていただけだったのだ。グラスの水は溢れる寸前だったのだ。
誰も気が付かなかった。もう平気なのだと。ステインのことは乗り越えられたのだと。誰もが信じて疑わなかった。それはきっと、名前自身も。



名前は事情聴取の際、何も覚えていないと口にした。きっと警察も相澤先生も嘘をついたことには勘付いているだろう。けれど名前は死柄木弔という男と何があったか、頑なに話そうとはしなかった。
その心は誰にも、彼女自身にも良くわからない。ただ、話してしまえば今までのような生活は送れないと知っていた。彼女は秘密を抱えることに決めたのだ。

ヴィラン連合に勧誘されたこと。
勧誘に足る人間であると、ヴィランに思われていること。
初めて会った死柄木弔に『帰ろう』なんて言われて、嫌悪しながらもどこか喜んだ自分がいた事。

名前は居場所が欲しかった。ただそれだけだった。


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