「なぁ、なんか元気なくね?」
「あー…若干バス酔いしてるかなぁ」
「や、そういうんじゃなくて…」

距離あるよな
名前の後部座席に座る上鳴は何度もその言葉を飲み込む。ついこの間まであんなに楽しい会話を紡いでいたのに。死柄木弔に接触されたという日から、名前との間に嫌な壁が生まれていた。それは決して上鳴とだけではなく、きっとすべての人と。自分だけ特別扱いされたいとか、贔屓されたいというわけではないが、上鳴自身、飯田を除けばクラスの男子の中でも仲が良いと自負していた手前、見放されたような悲しみや怒りや淋しさを覚えていた。しかしその言葉も飲み込むしかないのだ。
お調子者の上鳴がたじろぎを見せるほど核心に触れさせない雰囲気が名前には漂っていた。引率の相澤はその様子を横目で確認しながらも、どう対処するか思案する。いい方法は見つからなかった。
そうこうしているうちに、バスは広場のような開けた場所に到着した。

「ここどこだ」
「嫌な予感するね……」

何もない場所にクラスの皆は少しずつ不信感を示す。するとそこへワイルドワイルド・プッシーキャッツが現れ、自己紹介や合宿先の説明を行ってくれた。山岳救助を中心に行う彼女たち。緑谷は少し興奮気味に彼女らを紹介していく。そして少しずつ訪れる不穏さから皆がじりじりとバスの方へ後退していく。
しかし、嫌な予感は当たるものだと名前は思う。

大きな音が鳴る。気付けば地面は揺れ、地面に叩きつけられた。その拍子に掌を大きく擦り剥くが、その痛みを覚える間もくれないまま、怪物が奥から顔をのぞかせた。土塊の生物とも云えない、物体は狙いを定めて襲ってくる。

「う、わ」

名前の喉から零れたのはいつものように情けない声を出すが、先ほど負った傷を舐めるためチロリと舌を覗かせる。何故か魔物は怖くはなかったが、これからどうしようと策を巡らせる。
自分の個性は周囲と比べると短時間型であり、先程プッシーキャッツの2人から示された合宿所までは随分と距離がある。長時間の個性使用は両腕が使えなくなる為、どのタイミングで自身の膂力を増大させるか見極めねば、夕暮れ前にですら合宿所に辿り着かないだろう。そこまで考えつくと、自ずとなるべく魔物との戦闘は避け、潜みながら合宿所を目指すことになった。


いつのまにか散り散りになってしまっていたが、存外、人の気配はするのでみんな近くにいるのだろう。それに病室で1人になったとには色々なことを考えてしまっていたが、今は頭をフル回転させなければならない。余計なことを考えてしまわないため、良かったと名前は息を吐いた。


夢中になっていたが、気がつくと既に数人が建物を前に座り込んでおり、ここが終着点であることは明白だった。再び息を吐くと一番近くにいた飯田くんと目が合い、お疲れ様と声を掛けてくれた。

「飯田くん早いね」
「いや、俺もさっき来たところだ……怪我してるのか」
「え、あぁ。最初に落ちた時のやつ。もう血出てないから大丈夫だよ」

私だけでなく皆も体中砂や擦り傷まみれだった。しかし私の傷はもう血が止まっている。平気だと手をひらひらさせれば飯田くんは少しだけ眉をひそめる。

「血が出ていないから大丈夫とは限らないだろう。見た目が平気でも、なかで痛みがあれば問題だ」



自惚れかもしれないが、飯田くんの言葉は掌の傷のことではない意味を含んでいたと思った。


「痛くないのか」
「…うん」
「本当か」
「ほんとだよ」
「…君は、嘘が下手だ。皆気づいている」


飯田くんの言葉にツンと鼻の奥が痛くなる。
私は都合がいいな。みんなを遠ざけておきながら、飯田くんの言葉が嬉しい。辛いの、気付いてもらえてた。それだけで認めてもらえてる気がした。あぁ、でも。どこかで気づいて欲しくて、分かりやすい行動とってたんだよな。上鳴くんにまで心配されるなんて、やっぱり狡いな私は。飯田くんに、皆に甘えたいな。けど、だめだよね。

死柄木弔は私を迎えに来ると言っていた。もしかしたら、今回の合宿先にくるかもしれない。そんな"嫌な予感"がする。皆を巻き込んではいけない。本当は合宿も辞退しようとしていたのだ。けど病室でその意思を伝えたら校長先生に引き止められて、結局行くことになった。


訝しむ飯田くんに、名前は喉の奥がぐっと閉まるのを感じた。自分でも分からない何かを堪えて、そうかな、と歪んだ顔で笑うことしかできなかった。


        main   

ALICE+