「飯田さんはいらっしゃいますか?」
「飯田は俺ですが…」

緑谷くんの病室を出たあと、知らない看護師に呼び止められる。クラスの皆にひとまずの別れを告げ、看護師の後ろを着いて行く。病院独特の匂いは兄がステインに敵わず、運び込まれたあの時のことを思い出させた。そして、ステインを殺そうと戦いを挑み、緑谷くんと轟くんに救われた日のことを。
ここです、と指し示された先には名前くんの名前が書かれたプレートが掲げられていた。

「面会できないはずでは」
「先生に許可はもらっています。それに…」

"赤黒さんが譫言で、あなたを何度も呼ぶので"

何を言われているのか上手く理解できず戸惑っていると、看護師はぺこりと頭を軽く下げると来た道を引き返していった。譫言で、俺を呼んでいた?名前くんが?
俺はどうしていいか分からず右往左往する。しかし、いつまでもそうしていられないと心を決め、ドアを叩いた。

「失礼します」

姿勢を正し病室に踏み込むと白いシーツに見を包んだ彼女がいた。手には点滴が繋がれ、嫌でも兄の姿を思い起こさせた。兄の様に傷や血に塗れている訳ではなかったが。
恐る恐る近付くと、学校で見た時のような彼女はいなかった。白い肌は生きているのか不安になるほど生気がなく、軽口を叩く唇は薄く開かれているものの息をしているのか分からないほど静かだった。

「名前くん…」

何故君は俺を呼んだ?
何に悩んでいる?
教えてくれないと、分からないじゃないか

それから彼女の側に立ち尽くして、どれくらいが経っただろうか。気が付けば陽は傾きかけ、僅かに夏の強い入日が病室を橙に染め上げていた。

「ぁ…」

小さな声が漏れた音が聞こえ、思わず身を乗り出す。先程まで閉じていた瞼がゆっくりと持ち上がっていった。しかしその視点は宙を彷徨い、こちらを向くことは無かった。

「……い、だ……くん」
「……ここに、いる」
「え……あ、ほんとだ……」

ふわりと微笑む彼女に思わず目を奪われる。きっと彼女は瀬呂くんが話した通り、また意識を失ったように眠りにつくのだろうか。少しすると再び彼女は眠りにつき、1時間もしないうちにまた目を覚ました。先程よりも部屋は強い光に満たされていた。あともう少しで完全に日が沈むだろう。

「体、痛くないか」
「…ん」
「また、寝るのか」
「…そんな、寝てた?」
「あぁ、2日間以上。今も寝ては目を覚ましを繰り返していた」
「そっか、ぁ」

辿々しい喋り方は寝起きで頭がまだ正常に動いていないのか。彼女は目だけをこちらに向け、ごめんなさいと呟いた。

「どうして謝る…?」
「いっぱい、迷惑かけた」
「迷惑なんてしていない。ただ、皆心配している。この間も伝えただろう」
「あはは……それ、言われた時ね、っ嬉し、かった」

何かを思い出したように泣きながら彼女は感情を顕にした。転校初日に木の上で泣いていたように、ぽろぽろと。あの時も思っていたが、彼女の涙は、こんな場に思うことではないのだろうが、美しかった。
すんすんと鼻を鳴らしながら涙を流す彼女は、意識もはっきりしてきたのか、ぽつりぽつりと死柄木弔に会った時のことを話し始める。それは相澤先生は勿論、警察や校長にも話せていないと。

「それで、ヴィラン連合に迎え入れると言われたのか」
「言われた時は、何言ってるんだろうって思ったの。私はヒーローになりたくて」
「当たり前だ」
「けど、この間の訓練のこととかも、あいつは知ってて……お前はこちら側だって」
「そんなこと」
「っ私もね、そうかもって思ってたの。個性も、ヴィランっぽいし?………性格だって、皆も思ったでしょ?誰がどうすれば傷つくかとか、考えられる。ヒーロー志望なのに、」

それに、と彼女は続ける。

「私、お母さんに見離されてから、居場所が欲しかった。1-Aの皆と一緒にいられて、ここかなって思えてた。けど、やっぱり私の中身はヴィラン側なんだよ……」
「な、クラスの皆は君を大切にしているだろう?!」
「嬉しかったの!!」

激昂するように彼女は俺の言葉を遮った。ゆっくりと上体を持ち上げ、彼女は俺の眼を見る。その瞳は涙と入ってくる夕陽で静かに揺れていた。



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