「あいつに、帰ろうって言われて。それだけなのに。私居場所あるのかなって、一瞬でも喜んじゃったんだよ……」
「な、」
「それが悔しくて。あぁ、私こんなに弱いんだって。それに、ステインが色んな人達に必要とされてるって知った時、あんなに私を苦しめて、居場所奪った原因のやつなのに、妬んで、羨ましくてっ」

睨むように俺を見つめ、吐露する名前くんに俺は何も言えなくなった。彼女がそんなに思いつめていたなんて。転校初日に皆と和解してからの、清々しそうな彼女は嘘だったのか。
いや、きっと、彼女は無意識に抑えこんでいた。自分の中の悪意とステインへの羨望、誰かに必要とされたい欲求を。それが今爆発するかのように溢れてきたのだろう。

「そんなこと言ったら、もう雄英にいられないって、思って。どうしても皆と一緒にいたかったから、誰にも話しちゃいけないって……」
「それで皆を避けたのか」
「……近づき過ぎちゃうと、甘えちゃうから。だったら少し離れてても良い。それでもA組にいたくて。居場所、ほしくて」
「…………」

襲われた日から、どんな思いで彼女はいたのだろう。A組にいたい気持ちと、心の奥底にいる彼女の中の悪意と。ステインの妹だから持つ悪意ではない。彼女がこれまでの人生で奥底で飼っていた、鈍く光る悪意。それらの感情はきっと葛藤を生み、逃げ出したくなったのだ。現実から。目を背ければ楽だから。
しかし、彼女はきっと、それもうまくできなくて。合宿の日から、皆を避けるという形をとるしかなかったのだ。


「ヴィランに勧誘されるってことは、それなりの才能があるからでしょう…?ステインの妹で、誰かを殺せるような個性で、性格だって………性格なんて、ステイン関係なくて……私の芯がヴィランとおんなじで……そんなの皆に知られたらって……けど、やっぱりだめだね」

私は皆といられないや

諦めたかの様に笑う彼女に対し、刹那、俺が感じたのは怒りだった。

「ふ、ざけるな!!」
「……っ、」
「君は…っ勝手だ!誰にも相談しないで、決めつけて、一緒にいたいならそう言えばいい!何故諦める!皆君を大切にしていると言っただろう!?」

彼女は馬鹿だ
こんなにも皆に必要とされているのに
合宿当日、皆君を心配して声を掛けていた。それなのに、その"居場所"捨てるなんて愚かで、臆病者に過ぎない。拒絶されるのが怖くて、自分から離れていくなんて本末転倒だろう?

俺の怒りを隠さない言葉に先程と同じように涙する名前くん。シーツにぽたりぽたりと落ちた水滴は、少しだけそこの色を濃くしていった。

「だって、私」
「だってじゃない、そんな理屈より君はどうしたいんだ」
「私は、」

ぐしゃりとシーツを握りしめ、俯く彼女。落ちる雫は数を増した。

「A組のみんなと、いたい」
「あぁ」
「ステインの、妹だからって、見ないで……私を見てほし、くて」
「最初から、皆は君のことを"赤黒名前"として見ている」
「…私は、弱いけど、狡いけど……認めて、ほしい」
「あぁ」
「み、すてないで……一人にしないで……っ、もぅ、ひとりは嫌…」
「大丈夫だ。側にいる。皆」
「あ、ははは……なら、安心だね」

さっきのような諦観したような笑い方ではなく、嬉しそうな、安堵したような笑みを浮かべた。

「私、A組いてもいい?」
「あぁ」
「皆、避けたの許してくれるかな」
「…聞けばいい。君は言葉にしなさすぎる。自分の気持ちも相手の気持ちも」
「…飯田くん」
「どうした」
「……ありがとう」

言葉にしてみましたと、照れくさそうに笑う彼女。あの時も礼を言われたが、また違った笑みだった。
そして最後に一滴だけ零れた涙はやはり美しいと、俺はひとり心の隅で想ったのだった。



落ち着いた頃、名前くんは恨めしそうに俺を睨む。何の事かと目を白黒させると唸るように言葉を発した。

「飯田くんに、泣いてるとこ、また見られた」
「いや、それは」
「恥ずかしい。むり。情けない。むり」
「いや、そんなにか?!」
「そんなに」

ふんっと拗ねたように顔を背ける彼女に、なんとも言えない感情が湧き上がる……むず痒いな。
どうしてか生まれた照れから、眼鏡をかちゃりと押しあげた。

「少しは楽になったか」
「……うるさい、飯田くんの馬鹿。余計なお世話だバカ」
「なっ、名前君!」
「ふふ、嘘だよ。恥ずかしかったから、仕返し」
「全く君は……まぁいい」


ステインに戦いを挑み殺されそうになった時、緑谷くんが助けにきてくれた。僕はその時今の彼女と同じように余計なお世話だと吐き捨てた。しかし彼は逆に教えてくれた。

「余計なお世話はヒーローの本質らしいからな」
「……そっか、ありがと」

部屋の時計がカチリと音を立てた。その音に釣られるようにそろそろ行くと彼女に伝える。
きっと攫われた爆豪くんを救けようと切島くんや轟くん、緑谷くんは赴くだろう。
俺はそれを引き止めねばならない。友として。
そう伝えると彼女は

「いってらっしゃい」
「あぁ。ゆっくり休んでくれ」

じゃあ、と病室を出ると、すっかり窓の向こうは暗くなっていた。その空を見つめ、部屋に入った時みたいに行こう、と心を決めた。


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