飯田から2日以上覚醒と眠りを繰り返していたと言われた名前は、あれは夢だったんだなと1人思っていた。
小さい頃の記憶、きっと、ステインと遊んでいた時の。ネットに流れていた動画によると、ステインは私立高校のヒーロー科に進んだ後、数ヶ月も立たないうちに退学している。その時から街頭などで『英雄回帰』を訴える演説をしていた……
きっと、名前とステインが会ったのはその初めの頃。時々会うお兄ちゃん。その時のことはもはや無いうっすらとしか覚えていないが、ちーくんという子供らしい呼び方で彼を呼んでいた。ステインは頻りに自分に何かを教えていたが、彼女がそれを思い出すことはなかった。
そんな古い記憶の夢を揺蕩うような微睡みの中で繰り返し見ていた。

飯田と別れた後、名前は再び眠りについた。今度は夢を見ない程深い眠りに。次に目覚めた時は慌ただしい音とどこからか聞こえるテレビの報道。目に飛び込んできた夏の強い日差しは朝よりも昼近くを示していた。
サイドテーブルの上のリモコンに手を伸ばし、自身の部屋のテレビの電源を入れる。そこには昨夜と思われる映像。そしていつものあの逞しい身体ではなく、痩せ細った、しかしそれでも彼と分かる人物が映し出されていた。右上の報道タイトルには多くの人々を落胆させる言葉。

『オールマイト、衝撃の姿!』

その言葉に名前は目を見開いた。彼は昨夜の闘いで全て出しきってしまったという。起き抜けに強い喪失感と焦燥を抱きながらも、テレビに釘付けになっていた。
それから攫われていたという爆豪。彼を救出する場面が一瞬だけ映し出されていたが、それを見て名前はやっと安堵した。あれは飯田のレシプロだ…無事だったみたいだ。ほっと胸を撫で下ろしたところで、タイミング良くノック音が部屋に響いた。

「入るぞ……起きてたのか」
「ぁ、はい」
「やぁ!よく眠れたかい?」

そこには髭が無く清潔さが幾分か増した、担任の姿があった。そして後ろからは校長が顔を覗かせた。またすぐに報道陣の前に行かなければならないという彼らは合間を縫って名前のもとへ訪れたのだった。

「あの、飯田くんや爆豪くんは…?」
「あぁ!彼らは無事さ。爆豪くんは警察に保護されたが、すぐに家に返されるだろう」
「そうですか…」
「……名前、何故俺達が来たか分かるよな」
「はい。ごめんなさい。本当のこと、話します」
「場合によっては君を一時的に隔離することになるかもしれない。それでもいいかい?」
「……はい」


それから名前は昨日飯田に話したように、ゆっくりと死柄木弔とのことを話し始めた。ヴィラン連合に招かれた事や自身がヴィラン側の人間ではないかと悩み、皆といたいが為に距離を置いたこと。全てを話し終えた後、疲労感や不安からか名前は息を漏らした。

相澤や根津は黙しながらも、あらゆる可能性を頭の中で巡らせていた。名前がMr.コンプレスに攫われかけたあの夜、奴はあっさりと名前を諦め爆豪のもとへと向った。優先順位として爆豪が高かったのか、名前の利用価値が低いと判断したか……それか、名前の不安定さならばいつでも自身達の所へ引き込むことができると判断したか……
後者でないことを願いながら、差し迫る時間に2人は目を向ける。

「すまない。そろそろ出なくてはいけなくてね。君の処遇についてはまた知らせるよ。不安だろうが、待っていてくれ」
「分かりました……あの、」
「どうした」
「最初、嘘ついて死柄木弔とは何も無かったなんて言って、すみませんでした」
「ホウ・レン・ソウがしっかりしていないのは俺もだがな……お前は意図的に話さなかった。その事は警察や政府も交えた会議で報告させてもらう」
「…はい」

厳しい口調の相澤にいつかのように身を縮ませる名前。すると相澤の身体が少し揺れた。

「……あぁ、そうだ」

思い出したように相澤は着ているツナギのファスナーを引き下ろす。何事かと固まる名前はすぐに頬を緩ませた。そこには名前の大切な小さな家族の姿があったのだ。

「猫…!」
「猫の名前が猫か」
「ふふ、それお茶子にも言われました」
「この部屋だけならいていいそうだよ」
「ありがとうございます。ちょっとどうしてるか不安だったんです」

ベッドに飛び乗り、みゃあと擦りよる猫に名前は今日初めての笑顔を見せた。合宿中は自動的に餌などを準備してくれるロボに世話を頼んでいたが、どうしているのか時折不安になるのが飼い主というもので。家を出発した時と変わらぬ姿に良かったと背を撫でた。校長は優しく頬を緩ませながらも先程より進んだ時計を見て、相澤に目配せした。

「じゃあ我々は行くよ。お大事に」
「あ、はい…ありがとうございました」

ぺこりと頭を下げる名前を背中に2人は病室を出ていく。こつりこつりと足音が響く無機質な廊下を歩きながら、相澤は肩にいる根津に声を掛けた。

「やはり、マイクの言う通り内通者はいますかね」
「…対策が必要だね」

仕事が増えそうだ、と根津は小さく呟いた。





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