先生達が病室に来た次の日、脳の検査やカウンセリングを受け、警察の警護の元久しぶりの自宅に帰ることができた。家に着いてからはネットで自分が眠っていた時のことを把握しようと新聞社や報道機関のサイトを片っ端から調べた。時系列がうまく掴めていなかったが、成程、と納得するには十分な情報量があった。ベストジーニストの長期休業。爆豪と同じ様にヴィラン連合に攫われていたラグドールが活動を見合わせるということ。そして一際話題を集めてたのが、平和の象徴の引退宣言。日本中に動揺が広がっていった。オールマイト。きっとすべてのヒーロー、国民の憧れ。大きな柱を失った衝撃は大きかった。


私の処分は未だ検討中なのか、連絡はなかった。爆豪くんも含め、私に対してもヴィラン連合は今後どのように接触してくるのか想像は容易でなかった。何故、早々に私の誘拐を諦めたのか。それについての考えは色々思いつきはしたけど、結局のところどれも決定打に欠ける。しかし、だから今後も私を懐柔するのを諦めたかというのもまた不明で。雄英生としてこれからも在籍できるのか。校長からの説明を待つしかなかった。


そんな中、私達のもとには雄英の全寮制化に関する知らせが配布された。説明と、同意を得るため家庭訪問を実施するとも。プリントを受け取った時、正直どんな顔をしたらいいのか分からなかった。


お母さん、どうしてるのかな


『保護者』の文字は否応がなしに母を思い起こさせた。一時は私を見捨てた彼女が憎くて仕方なかった日ばかり。けど、時折母の顔が脳裏をよぎる。最後に見たのは泣き顔だった。会いたい、けど今会えばきっと沢山恨み言をぶつけてしまう気がする。お腹の奥のほうでぐるぐると感情が混ざり合っているようだった。


ピンポン、と来客を告げるチャイムが鳴る。しかし、警察からは一切外に出るなと謹慎を言いつけられているため、やり過ごすことにした。しばらくすると、扉の向こうから「僕だよ!」と馴染み深い声がした。慌ててバタバタと扉を開ければ、いつものようにやぁ!と笑う彼がいた。

「すみません、まさか校長先生とは」
「ははは。警察から出るなと言われているんだろう?しっかり守っているようで感心だね」
「あはは……あ、どうぞ中へ」

居間の方へと校長を連れて行き、お茶でも出しますね、と台所に立った。冷たい麦茶をグラスに注ぎ入れ、校長の前のテーブルにコトリと置く。自分の分も用意しながら、お待たせしましたと校長の向かいに腰を下ろした。

「さて、早速だけど、君の処分が決まったよ」

単刀直入に、切りだす校長にどきりと心臓が鳴る。はい、とか細い声で返事をすれば、緊張しなくていいと微笑んでくれた。

「実は君がヴィラン連合と関わりがあるのではと危惧する声もあったんだがね。見極めようということになった」
「はぁ…」
「今後ヴィラン連合からの接触を我々に報告しなかった場合、内通者の疑い有りとしてそれなりの対応がされる。例えば、警察の監視が入るような場で暮らしてもらう、とかね」

勿論、雄英は良くて休学か…除籍処分だ。


緊張しなくていいなんて言ったのに、彼の言葉は私の心を突き刺すには充分な力を持っていた。それ位のことをしでかしてしまったのだ、私は。過去のことをこんな風に後悔するのは2度目だ。1度目は皆を傷付けた転校初日。強くなると決意したのに、未だ私は弱いままだ。

「わ、かりました」
「ヒーローは周囲の協力無しには行動できない。君の偽‥…というか、意図的な隠蔽を含んだの報告は協調性に欠け、対応ができたかもしれない合宿襲撃を予見させることができなかった……結果論だけれどね」

その言葉もまた、私の心を重くさせた。当然だ。私がもし正直に先生方に報告していれば、合宿での対応や実施内容等も変わったかもしれない。爆豪くんが攫われなかった未来も、もしかしたらあったかもしれない。それはつまり、オールマイトの引退を招いたのは、私のせいだったかもしれない。
自分本位の行動が周囲にこんなに影響を与える。取り返しのつかないことをしてしまった、ともう遅い後悔を何度も繰り返した。

「ということだ。話は変わるけれど、全寮制について伝えてもいいかい?」
「…はい」
「……厳しいことは言ったけれど、君はまだ雄英の一員だ。我々には君を守る義務がある。だからこそ寮生活でその身の疑惑を晴らしていかないとね」


俯く彼女を見ながら、僕や相澤くん達は疑ってないのだけれど、と根津は1人思う。これは警察機関や政府に彼女の身柄を渡さないように、これからもA組で学べるようにという配慮でもあった。本来ならば彼女を監視対象として警護していれば、取り逃がしたヴィラン連合に繋がるかもしれない。しかし、火急すべきは彼女の精神状態と未来。このままA組のクラスメイトと蟠りを残したまま、言葉は悪いが、どこかへ収容してしまえば、それこそ彼女はその危うさと不安定さからヴィランに身を落としてしまうかもしれない。それこそ、ステインに代わる"象徴"として。政府が最も恐れているのはそのことだろう。しかし、人を変えるには環境だけでなく、人との関わりが一番効果的なのだ。良くも悪くも。

「あの」
「あぁ、すまない。考え込んでしまっていたよ。どうしたんだい」
「全寮制のこと……母にも、連絡したんですか?」
「…すまない。それは言えないんだ。ただ、君については僕が身を預かっている形だよ」
「そうですか……」

落胆したような安堵したような顔を見せる彼女。
ちらりと反応を窺いながらも母のことと向き合うのはステインの時とはまた違った覚悟や心持ちが必要だろうと感じていた。


みゃあ

どこからは猫の鳴く声が聞こえる。憔悴していた彼女の拠り所になればと渡した小さな生物は、先日の病院内での様子からすっかりと家族として馴染んでいたようだった。
これからも、赤黒名前の大切な存在として、こちら側にいられるストッパーとしても頑張ってくれと思いを馳せた。


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