「ここに転校するって勝手に決められてた時は哀しかったし、恨んだ。そんな簡単に捨てれるんだーって」
「……勝手に…?」
「……多分、ステインが捕まってから、日を置かないで誰かに相談してたんだと思う。帰ってきたら校長とスーツ着た人がいて、雄英にっていきなり言われたんだよね」

あの時の絶望は今でも覚えている。そして告げられた、母との離別。また会えるよね?という問いに彼女は謝るばかりで、頷いてはくれなかった。家族って、あんなにもすぐに形を失うものなんだと知った。

「抵抗しなかったのか」
「したよー。けど、泣きながら手続きするお母さん見たら、もう無理なんだなって……それからは見返してやるって思った。今は…分からない」

恨む気持ちが消えたわけでは無い。正直まだ色濃く心に染みを残している。辛い時に自分だけ逃げた母を私は許せなかった。けど、会って和解できるのではという小さな残り火のような希望もチリチリと未練がましく燃えているのだ。
転校してきた時の私の中の原動力は恨みや怒りだった。それから皆と会って、傷つけて、飯田くんに怒られて。わからなくなった。自分の原動力が。

「……悪い、聞いたくせに、なんて言っていいのか分からない」
「ううん…変な話してごめん」
「聞いたのは俺だ」
「あはは…そうだったや。けど、いきなりなんで?」
「………お前の目が、少し前の俺と同じように見えた」

彼はそう言うと、自身の個性と父"エンデヴァー"と母との話を教えてくれた。個性婚、父からの期待と抑圧、母からの拒絶と別離。彼の怒りの矛先は父へと向かい、彼から受け継いだ個性を使おうとはしなかったという。

「けど、体育祭で緑谷に、壁を壊された。親父の個性じゃなくて自分の個性だろって。そんな簡単なことにも気づけなかった」
「……」
「だから、ステインと似た個性だからっていうのに縛られないで、お前が何になりたいかを大事にしてればいいって思ったんだ」



"私が何になりたいか"


そんなこと、決まってる

何度目かになるビー玉が転がる音が、遠くの方で聞こえた気がした。


「わたしは、ヒーローになりたいよ」



三奈たちに叱られた時も思ったこと。けど、轟くんの言葉は自分の芯の奥にあるものを思い出させてくれた。それはきっと、私と同じように親を憎んでた彼だからこそ。

「なら、それが答えだろ」
「うん」
「……あー、悪い。本当に余計なお世話だな」
「ううん。ちょっと、軽くなった」
「そうか」

けど、轟くんみたいにお母さんに今すぐ会えるかって言われると、やっぱり分からない。何を言えばいいかが分からないのだ。
でも

「もしいつか会えたとして、すぐには精算できなくても、聞いてくれないかな。また」
「俺でいいのか」
「轟くんだから、話せることもあるよ。ふふ、上から目線だけど」

そう笑えば轟くんは分かった、と頷いてくれた。
階下から皆が何か話している声がする。ラムネはいつの間にか殆ど無くて、残っていた最後をぐいっと飲み込む。まだ強い炭酸は喉を少しだけ灼いたように刺激を残した。透明な瓶の中にはビー玉だけが残った。何故か瓶をよこせという轟くんに、捨ててくれるのかなと素直に甘える。先程よりも皆の声はその大きさを増した。
行こうか、と部屋を出ようと立ち上がり部屋を背にすれば轟くんが待て、と声をかける。何だろうと振り返れば、流水でビー玉を洗っている姿が目に入った。

「えっ、取り出せたの?!」
「キャップ外したらすぐだった」
「そのキャップ外せるんだ…」
「結構力いるから子供は難しいかもな。今なら平気だろ。ほら、」

そう言って彼は洗ったビー玉を拭きながら、掌に乗せてくれた。イケメンにこんなことさせてしまって申し訳なさを感じながらも、ツルンとした質感の球体は何だか心を弾ませた。明かりに透かしてみれば、向こう側が逆さまに見えた。

「ふふ、ありがとう。まさか取り出してくれるとは」
「余計なお世話だったか」
「んーん。それ、さっきも言ってたから、飯田くんの言葉を思い出したよ」
「飯田?」
「余計なお世話はヒーローの本質なんだって」


目を少しだけ丸くする轟くんはいつもよりも幼くて可愛いなと思った。口にすればまた子供扱いするなって怒られそうだけど。
今度こそいこっか、と扉を開く。手の中には冷たいビー玉。何だか乗り越えられる気がした。





        main   

ALICE+