昨日の夜轟くんと話してから、少しだけ考え方を変えてみようと思えた。どうなるかは分からないけど、母と近いうちに会わなきゃいけない。じゃないと私は前に進めない。
後ろばっか見て、嘆いて、悩んで。もうそんなのやめたい。変わりたい。ヒーローになりたい。

「よし」

離れた先で何人かが話している声がする。もうロビーに何人かいるのかもしれない。手の中には昨日轟くんから貰ったビー玉。冷たいそれをぐっと握り締めてお守り代わりにポケットにしまった。
靴ヒモを結んで、玄関まで見送ってくれる猫に挨拶をする。にゃあと間延びした声はなんだか肩に入った余計な力を抜いてくれた。いってくるね、と声をかけて扉の向こうへと踏み出す。

今日から新しい日常が始まる。



残りの夏休み、私たちは仮免取得に向けて必殺技を作ることを目標にTDL(このネーミングほんとに怒られそう)で特訓中だ。しかし、朝のあの決意はどこへやら。始めてから1時間。私は何も進んでいないのだ。

「うー…ビジョンが見えない……」
「ドウシタ」
「っ痛?!……あー先生。私の個性必殺技向きじゃないですよー…」

項垂れる私の後ろからサボルナと容赦無く足蹴りしてくるエクトプラズム先生。普段は優しげだけど、訓練の時はその足技を如何無く発揮してくる。そしてあろうことか私の弱音を聞くともう一発蹴ってきた。相澤先生とは違う方向に酷い。

「君ノ個性ハ血ヲ摂取スル事デノ個性ノコントロール…近接型ダナ。合宿の成果を詳シク教エテクレナイカ」
「いったー……えーと、今は7秒だけなら相澤先生と同じように個性を使えないようにできます」
「…7秒カ。充分ソレダケデモ必殺技ダガナ」
「ホントですか?!」

その点に関しては完全に相澤先生の下位互換だし、と嘆いていたが、これ必殺技でいいんだ!
少しだけ見えた光明に重荷が少しだけ軽くなった気がする。
しかし浮かれる私にエクトプラズム先生は容赦無く問題点を突きつけてきた。私の個性は緑谷くんや爆豪くんのような正面突破型では無く、あくまで奇襲型で、短期決戦じゃないと一気に不利になるということ。だから切島くんみたいな防衛もできる相手には他のヒーローの個性を増幅させるとかサポートに回るしかないという、幅の狭さ。うう、力不足を実感する。

「アトハ、如何ニ素早ク相手ノ血ヲ奪エルカ」
「そうですよね……」
「……コンナ事ヲ言ッテハ、君ヲ傷ツケルカモ知レナイガ」
「?」
「君ノクラスニハ、ステインノ動キヲ間近デ見タ人ガイルダロウ」
「あ…」

ふと零れた息は空気に溶けていった。
皆は気を遣ってあまり話さないでいてくれたが、以前飯田くんに教えて貰えた。飯田くん、緑谷くん、轟くんの3人はステインと対峙している。最も、エンデヴァーに助けられたらしいけれど。
今の私は皆よりだいぶ遅れている。スタートは田舎の高校だし、皆より訓練も実践も少ない。だから、なりふり構ってられない。それは、頭では分かるのだけれど。いつの間にかぐっと拳を握りしめていた。
このエクトプラズム先生の提案は、何度か私も考えたことのある選択肢だった。ヒーローの命を何人も奪ってきたステイン。彼の動きは独特で、素早く、相手の血を奪うことに特化した殺人術。そして、私と同じ"血を奪う"という発動条件。こんな言い方は語弊があるかもしれないが、動きや学ぶ事はきっと、沢山ある。

「あとで、聞いてみます」
「…ソウカ。ナラ、今日ハ徹底的ニ立回リノ見直シヲヤロウ」

しかし、人の命を奪って、私の人生をガラリと変えた存在から何かを得ようとするのは心が拒否していた。明らかに顔を曇らせた私に先生は何も言わなかった。


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