徐々に皆が成果を上げていく中、私は止まったままだ。あとで聞いてみる、なんて言ったのに、さっき飯田くんたちと話した時には切り出せないでいる。心のどっかでは飯田くんの苦い記憶を思い出させたくないとか、そんなせいにしたりして。本当は私自身が向き合う覚悟が足りてないだけなのに。ずるい私は自分に対しても甘い。そんな自分にイライラして、頭の中を掻きむしりたくなる気持ちだった。

少しだけ考えようとHR終わりにみんなと違う方向へと歩いて行く。何となく足が向かったのは食堂だった。ぽつりぽつりと人がまばらにおり、勉強をしたりお喋りをして自由に過ごしていた。一人きりの場所だとぐるぐると悪い方向に考えてしまうけれど、誰かいるならそうはならない気がした。……あくまで、気がするだけなんだけど。
席についたところで、いつか見たことある紫色の髪をした男子がこちらをじっと見てくるのが目に入った。その視線にどこか居心地の悪さと序盤から抱いている苛立ちを感じながら、気にしないでおこうと目を逸らしたのに。いつの間にかその男子ではなく、知らない女子達が私の真横に見下ろすように立っていた。

「うちら普通科なんだけどさぁ」
「あんたでしょ?期末前にいきなり転校してきたっていうの」
「やっと顔見れたぁ」

くすくすと馬鹿にしてくるような話し方と態度に苛々が増していく。いつかこんな輩が絡んでくるだろうとは思っていたけれど、今のタイミングに来られても困るし。放っておこうと無視を決め込めば肩を後ろに軽く押される。

「えぇー?こんなのも避けれないの?」
「それでもヒーロー目指してんの?」
「何ならうちらと変わってよ」

うるさい。うるさい。何も知らないくせに。
黒い靄みたいな汚い感情が胸の中を染めていく。それでもここで反応すれば、こいつらを喜ばせるだけだと何を言われても何も答えなかった。

「なぁ、そこのあんたら」
「は?」
「なにあんた」
「1年じゃん」
『そのまま歩いてここから出ていけ』

突然男の声がしたと思ったら先ほどこちらを見ていた紫色の髪をした男子だった。彼が命令すると私の前にいた女子達は素直に歩いていく。思わぬ出来事に唖然としていると、今度はその男子がなぁと話しかけてきた。

「あんた何なんだ?」
「え?」
「あいつらも言ってたけど、突然の転校してきて、それも倍率の高いヒーロー科とか」
「あ……えっと確か」

心操くん

そう呟けば彼は少しだけ眉を顰める。私の頭の中には何度も見返した緑谷くんと彼との戦い。普通科ながらそれまでトップクラスの成績を誇っていた緑谷くんに勝るとも劣らぬ勝負をしていたのは、彼だ。
そして彼の個性を思い出しハッとする。反応したら洗脳のスイッチが入ってしまうというが、私はもう彼の言葉に応えてしまっている。その動揺を察したのか、彼はため息を吐きながら口を開く。

「安心しろよ。個性は使わない」
「そう…ですか」
「で、答えろよ。何して転校なんて、イレギュラーしてんだよ」
「それ、は…」

私はかの有名なヒーロー殺しの義妹で、保護と観察を目的に警察とも連携が深い雄英に入ったんです。とか言えるわけないけど。そんなリスクしかない事、言うわけがなかった。A組の皆は慮ってその部分に踏み込んできたことは無い。そして誰かに吹聴するようなことも。
自嘲しながら彼に向き直ると、全く怯むことなく彼は私の答えを待っていた。

「ただの、転校だよ」
「本当か?」
「疑うなら、校長先生に聞けばいい」
「……校長もグルってことか」
「それも含めて聞きなよ」

あなたには強力な個性があるでしょ?

イライラした頭で、口から出たのは嫌味でしかなかった。言った時にはもう遅くて、苦虫を食い潰したような顔をする心操くん。


「俺は、こんな個性でもヒーローに憧れた」
「……」
「だから形振り構ってらんねェ。全部モノにするし、全部超えてやる」
「……」
「なのに、俺が喉から手が出るほど入りたかった所に簡単に入った転校生は、パッとした噂も無ぇ」
「………」
「俺はお前に負けたのか?何も努力してないお前に!」

うるさい。うるさい。

「良いよな。あんたの個性が何か知らないけどヒーロー科に入れるってことは誂え向きの個性だろ?!」
「……っ、に」
「言いたいことあるなら言えよ!個性使ってやろうか?!あぁ?!」
「何にも、知らないくせに!勝手な事言わないでよ!!」

叫ぶように出た声は、情けないくらいに泣きそうな声だった。そのまま食堂に走り抜けていく。色んな人にぶつかりながら、今度は本当に誰もいないところに行きたくて。
ずっと反芻される彼の言葉は全部本当で。私の弱い薄い心をざくざくとさしては傷をつけた。


エクトプラズム先生の助言は、私だけの力じゃ足りないと言っていた。だから頼るのは”殺人術”のステインが人を殺すために磨いてきた技。自分の人生をめちゃくちゃにして、これまで忌み嫌ってきた彼に頼らないと私は成長できないなんて、どんな皮肉なんだろう。
彼の言うように全部モノにする覚悟も無いのに、全部捨てる勇気もない。都合のいいところだけが欲しいなんて蟲が良いにもほどがある。
それでも、ヒーローになりたい自分とプライドとの葛藤はいつまでも胸の中に巣食ってて。何が正しいかなんてわからなくなった。

走りながらポケットの中の轟くんにもらったビー玉を手に取る。触っていなかった筈なのに、熱を持っているみたいに拳の中はじくじくと痛かった。




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