「…心操くんて、何でヒーローになりたいの?」
「は?」
「気になって……どうして?」
「……憧れたから。それだけ」


こちらを見ないで前だけを見て心操くんは呟いた。そのシンプルで全部を表したみたいな彼の言葉。


「あんたは、何でヒーローになりたいのか理由があるのか?」


私はなんでヒーローを目指したんだっけ。そんな根っこの部分が分からなくなって、進めなくなって。足踏みしては戻って。やめたいのに、この性格はきっと治らない。でも。

みんなを助けるヒーローになりたい。

そこだけは譲れなくて。きっかけは忘れてしまったけど。個性がヒーロー向きじゃなくても、怖くても、連続殺人犯の妹でも。
何にでもなれるって、信じたい。




あぁ〜……と力が抜けるような声を出して、壁に寄りかかる。なんだか肩のいらない力はどこかへ行ってしまった。そうか、私。ステインの殺人術を学んでしまうなんて、どこか負けたような気がしていた。けど、本当は。


「怖かったんだなぁって、思うよ」
「……何が?」
「今の自分を意図的に変えても、何になれるか分からないのが」


最初は意味が分からないって顔をして尋ねた心操くん。けど、納得したような声を出して分かったわ、と笑った。


「……あんたって、臆病なんだと思ってたけど違うな」
「え?」
「自信がない。のに、プライドはある」
「う…」
「言っただろ。形振りかまってらんねぇんだよ」


あんたも、俺も。

そう言うと心操くんは私に向き直ると眠れてないみたいな眼で、力強く私の目を見た。


「ステインの妹だろ、赤黒名前」


前触れ無く放たれた、私の1番の秘密。心臓がどくりと跳ねた音が響いた。


「……知ってるんじゃん」
「偶々な。相澤先生に用があって職員室行った時に名簿あったから。それで苗字知った。あんたの事苗字で呼ぶ奴いねェから、不思議に思ってたんだ。」
「あはは、確かに」
「で、保護目的での入学か?」
「そう。社会的にも影響与えた奴の血縁だし、監視の意味もあると思う」
「でも、あんた自身が何かしたわけじゃないだろ?」
「…うん。だけど、前のとこではそんなうまくいかなくて。友達はいなくなるし、近所に買い物も行けないし……お母さんは私を雄英に入れてどっか行っちゃうし」
「……」
「最初は恨みしかなかったし、なんなら生きていけないとも思ったけど、A組のみんなに会えたし………だから、心操くんはムカつくかもしれないけど雄英入れて良かったって思うよ」


そうだ。私の周りには、優しくて怒ってくれるみんながいる。変わるのは怖くても、何になるか分からなくても、皆みたいに頑張りたいと思えた。


「……ムカつくわ、やっぱり」
「あはは、私もそう思う」


廊下の反対側から他の生徒の声が聞こえる。誰か他の生徒も登校してきたみたいだ。
じゃあ、と話を切り上げると心操くんに手首を掴まれる。さっきとは違う意味でどきりとすると、下手くそな笑い方を浮かべた彼の顔があった。


「うかうかしてたら、俺がその席貰うからな」
「……ん、…ふふふ、気ぃ抜けないね」
「あぁ、前だけ見とけ。気ぃ抜くな」
「……うん。暗示かけてくれてる?」
「…かけてやろうか?あ、A組辞めますって言うようにしてやってもいいけど」
「あはは!それは困るなぁ……けど、改めて凄い個性だよね」
「ヴィラン向きって言われるけどな。あんたもだろ?」
「うん。連合組む?『ヴィラン向き連合』とかどう?」
「爆豪も入れるか」
「あははは!いいね!」


さっきよりも近くなる誰かの足音が聞こえて、改めてじゃあと手を振る。心操くんは何も言わないで私の頭をぽんっと叩いて、またな、と言ってくれた。この間はあんな喧嘩したのに、もう友達みたいだ。というか、ライバルかな。

少しだけ彼の背中を見送ると、後ろから声をかけられる。それは聞き慣れた、安心する声だった。

「名前くんじゃないか。早いな」
「おはよう」
「飯田くんと緑谷くんだったんだ。おはよ」


三人で並んで教室へと向かう。心操くんと来た時より幾らか昇った太陽は暑くて、綺麗だった。ポケットから徐ろに取り出したビー玉はその光を反射して、太陽よりも綺麗だなと思った。

いつかみたいにぎゅっと握りしめて、2人の名前を呼ぶ。


「あのさ、2人に教えてもらいたいことあるんだけど」








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