情けなくも脚を挫いてしまった私は、飯田くんの背中に身を預けている。所謂おんぶだ。少しだけ恥ずかしいが、飯田くんの大きな背中は温かくて安心感を与えた。飯田くんは歩きながら、ここはUSJと言って、以前はバスで来たんだとか、その更に向こうにいるなんて、君はどれだけ遠くに来たか分かっているのかとか、木に登っていたことも天下の雄英生が、と沢山怒って来た。 私はそれを聞いたり流したりしながら、飯田くんの個性を見た時から頭の中にある1つの可能性を考えては消し考えては消しを繰り返していた。
わたしだってあの日は雄英体育祭を見ていて、インゲニウムの弟が戦っているのを手に汗握ってみていた。

「飯田くん」
「なんだ」
「あの、さ」

聞かなきゃいけない。そんな気がする。でも怖くて、怖くて、口を開いては閉じ勇気が出ない自分を呪うしか無かった。

「……俺の兄は」

飯田くんはそんな私を見兼ねたのか、ポツリと呟いた。

「多分気付いているだろうが、ターボヒーローインゲニウムだ」
「……うん。さっき来てくれた時個性似てるなって思った、し。今思えば雄英体育祭のときプレゼントマイクが言ってたなって」
「そうか……知っての通り、ステインに敗れ引退を余儀なくされた」
「うん」
「実は俺は…その後、ステインに復讐しようと思っていたんだ」
「……そう、なんだ」
「あぁ。まぁそれから色々あって、詳しくは話せないんだが、俺はヒーローとは何かを忘れていたんだ。だが友人たちが叱咤してくれて、今ここにいれる」

飯田くんは力強く言い切ると少しだけ顔を後ろに向けた。その目は静かに燃えていて、素直に格好良いなと思った。

「正直、君がステインの妹であると言った瞬間、俺はヤツへの恨みとか憎しみとかあの時の感情を思い出した」
「うん」
「だが、名前くん、君は何もしていないだろう。ただ血が繋がっているだけで、ステインじゃない。だから君は君がやるべきことをやれ」

飯田くんはそう言い放つと、俺からはそれだけだと前を向き直した。
飯田くんは優しくて残酷だ。口汚く罵ってくれれば良かったのに。そうすれば、私は逃げることができた。でも彼はそんな私を見抜いてか、自分の使命から逃げないようにと縛ったのだ。それでも自分のやるべきことを、と言う言葉は私の存在を認めてくれたようで少しだけ心が軽くなった。

「私ね、インゲニウム好きだった」
「あぁ」
「前に生放送でヒーローインタビューしてる時に、子供が車の前に飛び出しちゃって、インゲニウムが助けてたの」
「そうだったな」
「で、子供に怪我はないかって言ったあと、すぐに危ないだろうって叱ってて」
「当然だ。兄は規律を重んじる愛すべきヒーローだった」
「ふふ、生放送だからカットもできないでしょう?お茶の間人気を気にして良いとこだけアピールするヒーロも沢山いるのに、なのにちゃんと叱ってて、良いなって思ったの」

それでも、もう見れないんだね
そんな言葉が出かかったが、1番それを身に沁みて感じてるのは飯田くんだ。その彼にごめんねなんて、言えなかった。

さぁ、もうすぐ着くぞと仰がれた先には朝見た大きな門に掲げられた校章が鈍く光っていた。それは朝見たよりも綺麗で、そういえば雨は結局降らず、少しだけ晴れ間が覗いていた。



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