初めて見た時は、背の高いスラッとした女子だと思った。姿勢がしゃんと伸びているのにも関わらず、相澤先生に自己紹介を促されると緊張からか少しだけ困った顔をしながら話し始める。自身の前の学校を話すでもなく、ただ我々に伝えられたのは名前という名前だけ。苗字すら明かさなかった。このクラス初めての転校生にざわつく皆を注意していると、相澤先生が八百万くんに転校生のサポートを命じる。俺は委員長である誇りもあったが、女子だと俺には分からないことも多いため、妥当な人選だと思った。

それから、数名の女子が彼女を取り囲み楽しそうに話をしている。先程までの困った顔から緊張を僅かに含みながらも笑顔を見せており、いつもの下世話な男子達がざわめいていた。

「オォ、スレンダー系儚げ女子って感じじゃねーか。このクラスにはいなかったジャンルでオイラのリトル峰田も嬉しがってるぜぇ」
「うわ無差別かよ。でも確かに良いな。緊張してる感じとか初々しい」
「だよなぁ〜。後で飯誘ってみっかな」
「お前も無差別かよ……」

峰田君や瀬呂君、上鳴君が口々に話し始める。なんて低俗な、とも思ったが確かに人間を2つに分けたとして、名前君は好ましい方に入ると俺自身も感じていた。そしてどこか危うげな、消えてしまいそうな儚さがあり、ヒーローを志す者にしては珍しいのでは。
しかし、体力テストでは脅威の結果を見せつける。俺と同等の速さ、クラスの女子たちと比較しても強い力、瞬発力など目を引くものがあった。相澤先生は持久性の欠如を指摘していたが、それでも高い能力の持ち主なのは俺にでも分かる。彼女は強い。
それ以上に俺を惹きつけたのは、彼女の個性の発動の仕方だ。切島君に、手の甲を切られるとぺろりと舐め口に含む。その動作は先日対戦した、兄の仇を彷彿させた。しかしその考えをすぐに打ち消す。会って1時間ほどしか経っていない人に対し、値踏みするようなことをするなんて。
だが、それから程無くして、事件は起こる。
俺は皆に片付け後同じ場所に集合するよう言い、自然と彼女の近くに集まった。口々に凄いと歓声が上がっていたが、蛙水君が何かを言った後、彼女の顔が大きく歪んだ。そう思った時には強い風のような衝撃と頬に感じる僅かな痛み。
なに、が。
呆然としながら頬に手をやると薄く血が伸びており、名前君の手には小さな針が幾つもあった。そのまま血のついた凶器を先程と同じようにぺろりと舐める。その瞬間は、あの仇の様子を再び彷彿とさせた。

はっと身構えると、エンジンに違和感を感じる。うまく作動しない。空回るような感覚が広がるばかりで、大して動いていないのにもうガソリンが切れたのかと思った。
いや、違うと直感が告げる。これは彼女の個性だ。しかし、あまりにも。ステインに。
彼女は途端に我に返ると、皆や俺を見て、さっきよりも苦しそうな顔を浮かべる。傷つけられた俺達よりも彼女のほうが痛そうだった、そして泣きそうな震えた声で、ポツリと。

「私は…」

好ましいと思っていた彼女は、兄の仇の妹だという。
突然の告白に自然と目を見開く。何も言えなくなる。前にいた緑谷くんがこっちを振り返ったが、俺は彼女から目が離せなかった。そして駆け出してしまった彼女を追いかけようにも、個性が使えない。彼女に圧倒され、20人は為すすべなく立ち尽くすばかりだった。




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