晩夏というわりには寝付けない日はあるのだな、とベッドでふと思う。寝る前にコーヒーを飲んだりしたわけじゃないのにどうにも胸がざわざわして寝入ることができない。
ふと見始めたスマホも、暗闇になじんだ目には光が強すぎてすぐに消してしまった。本を読む気分でもない。猫は冷たい床で丸くなって寝ている。


「……ロビー、誰かいるかな」


時刻は午前1時をまわったところで、もしかしたら誰か同じように寝れない人がいるかもと思い立つ。猫を起こさないようにそっと立ち上がり、カーディガンと一応ブランケットを携えてエレベーターホールへと向かった。


チン、と音がして扉が開く。すると薄暗いロビーでちかちかとテレビが点いているのが目に入る。誰かが消し忘れたのか。そっと近寄ると、テレビ前のソファーにつんつんとした頭の少年が見えた。


「爆豪、だ」
「あ?何してんだてめぇ」
「寝付けなくてさ…爆豪は?」
「関係ねェだろ」
「理不尽な」

人に聞いといてなんなんだコイツ、と少しイラッとする。
それでも隣に腰かけても何も言ってこないあたり、今は機嫌は良いみたいだ。

「あ、爆豪も掛けるもの持ってきてたんだね」
「一応」

彼の横には折りたたまれたタオルケットが置かれていて、案外几帳面だよな、と思う。それを本人に言うと怒られそうだから口を噤んだ。触らぬ神に、ってやつ。

さっきからテレビで流れてくるのはなんてことない昔の映画で、今は男の人と女の人が並んで映画を見てる。あちらで流れているのはホラーものなのか、きゃあと可愛らしく声を上げる彼女に彼は大丈夫だよと頭をなでていた。凄いな、私ならきっと可愛くない声出るぞ、きっと。
寄りかかるようにして見ている彼らは、図らずも今の私たちみたいだ。あんな風に甘い雰囲気は無いけれど。それにしても。

「面白いの?これ」
「つまんねぇ」
「うん、爆豪はラブストーリー似合わないよ」
「馬鹿にしてんのか」
「褒めてる褒めてる」

くすくすと笑みを零せばうぜぇと暴言が飛んでくる。けれど棘のないその言い方にやっぱり機嫌が良いなと胸をなでおろした。
ほっとしたのも束の間、むずむずと鼻が気になり、そのままくしゅんと自分にしては可愛らしいくしゃみが出た。

「うるせぇ」
「ごめんごめん。何かロビー思ってたより寒くて」
「弱すぎンだろ」
「そうかなー…爆豪薄着だね。寒くないの?」
「あぁ」
「…ほんとだ、肩冷えてない」
「おい触んなブス」
「うーん、やっぱり男子と女子じゃ筋肉も付き方違うよねぇ」
「聞いてねぇだろ」

何気なく触ってしまったていたけれど、自分の腕とは違う硬い感触におぉと声が漏れる。なんなんだお前は、と今度はため息をつかれてしまった。夜になると、爆豪は意外とおとなしい。新しい発見だ。緑谷くんにも後で教えよう。ふふ、と笑っているとふと気が付く。

しばらくして、さっきの恋人たちみたいに寄りかかるようにしていても爆豪は何も言わなくなった。ほんのりと温かい彼の身体はなんだか眠気を誘ってくる。加えて、さっきから流れる映画のBGM。穏やかなそれは少しだけ瞼を重くする。それでも尚、私の身体はまだ寝させてはあげないとばかりに胸をざわざわと動かした。
うーん。困った。

「やっぱ、寝れないな」
「…おい」
「ん?」
「その膝掛け、寄越せ」
「?はい」


ずっと横に置いていたチェック柄のそれを爆豪に手渡すと、無言で私と自分自身のお腹から下に向けて広げる。らしくないその様子にきょとんとしていると今度は爆豪のタオルケットが上半身に掛けられた。それによってさっきよりも近くなった距離に違う意味で胸がざわざわとする。首に回された腕でぽんぽんと頭をたたかれる。なにこれ、こんな、映画みたいな。

「あの、爆豪」
「寝ろ」
「え?」
「目瞑ってればいつか眠れんだろ」

それなら、こんな風に近くなる必要はないんじゃないか。

そう思ったけれどふと見えた爆豪の耳が赤くて。わ、またらしくないとこ見ちゃった。もしかして、照れてるのかな。けど他人に興味ない爆豪がこんなにも優しくしてくれるってことは、もしかして。
女子高生は、思わせぶりなのに弱いんだけどな。どきどきと高鳴る胸がどうか聞こえないようにと願いながら目を閉じた。
でも。

「ばくご、」
「……ンだよ、寝ろ」
「心臓、うるさいよ。寝れない」
「………てめーもだろ」
「期待、しちゃうんだけど。こんなことされると」
「……しとけ」

それからさっさと寝ろと言われてしまえば口を閉じるしか私にはできなかった。しとけって、何。ほんとに期待していいの。馬鹿。はっきり言ってくれればいいのに。なんて、私にも直接聞く勇気はなくて。狡いのはお互い様だった。煩い心臓を何とか鎮めようとするけど、そんな簡単にいかなくて。いつの間にかクライマックスを迎えた2人が愛おしそうにキスをするのを見て、いつか爆豪とこうなるのかなと考えて、また胸がどきどきと音を立てていた。

「ばくご、」
「んだよ」
「えっと、おやすみ」
「…あぁ」


それから。意外と奥手だった爆豪と私がくっついたのは、まだ先の話。




           


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