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とあるバンドの歌と少しだけリンクしています。
二部構成



片思いって結ばれることあるのだろうか。こんなの、不毛だ。


赤黒名前は眉間にシワを寄せながら、テレビから流れる男性ボーカルの澄んだ声が染みこんでいく感覚を味わっていた。
うーん、と気付いたら声が漏れていた。恥ずかしい。これもそれも、轟焦凍のせいだった。

もうひとくち、とアイスコーヒーに口をつける。それから彼との関係性をふと考えなおしてみた。
きっと、嫌われては無いと思う。時々一緒に帰ったり、こんな風にロビーで麦茶とかコーヒーをを飲みながら雑談だってする。ちなみに轟くんが用意してくれたそれは、何だかもわっと口の中で広がって不思議な味のするコーヒーだった。
話を戻そう。そう、嫌われてはないと思うんだ。割りと何でも話せるし。けど、あのビー玉をお守りにしてる事とか、ちょっと横目で彼の表情を盗み見たりしてる事とかは秘密。だって轟くん、私を見る目が他の子を見る目と変わらないのだ。仮免前の訓練で、前より随分人の表情とかを読むのを意識するようになったけど、彼は全く変わらない。私も他の子たちも一緒。同率。あー、虚しい。
自分の感情は、コントロールできそうでできない。人を怒らせたり悲しませたりするのはあんなに簡単なのに、何でだろうか。逆もそうだ。自分の感情なのに、彼の一言で一喜一憂して。けど、顔には出さないように気を張って。誰にもバレないように。 教室でちょっと目が合ったとか、訓練でチームになれたとか、そんな小さなことで、これ以上無いってくらい彼を好きだと思うことなんて。臆病で可哀想なわたし。虚しい。それも隠して隠して、ほら、取り繕わないと。
離れた席にいるお茶子たちの笑い声に合わせて、ふふふ、なんていつも通りの笑顔浮かべて、また冷たい珈琲を口に含んだ。苦くてちょっと甘い。
そして、さっきから、轟くんの視線が痛い。なんでそんなに見つめるのだろうか。気付かないふりをしてるけど気になってる。見ないでほしい。無駄に心臓を動かすのは懲り懲りだ。取り繕わないといけない。わざと、今気づいたみたいな顔をして、どうしたのと尋ねた。




彼女は眉間にシワを寄せながら、何考えてるんだろうか。アイスコーヒーを口に含んではそのシワは深くなっていった。轟焦凍はじっと赤黒名前を見つめながら様子をうかがう。自分には麦茶を用意していたのだが、まだまだ減らない。
いつからか目で追うようになった。仕草や立ち振る舞いは落ち着いているのに時折コロコロと笑っては、あざとさを垣間見せたり、飄々としている。だから本心が掴めないのだ。素なのか作りものなのか分からない。自分の前で至極安心したような顔をしては、今みたいに考え込む様に黙ってしまう。俺ばかりだ。

「轟くん、 」
「……あ、悪い。聞いてなかった」
「ふふふ、ぼぉーっとしてるね。眠いの?」
「いや、何でもない。で、どうした」
「さっきからずーっと人の顔見てるんだもん、気になるよ」
「…見てたか」
「うん。視線が痛かった」

何か気になることでもあったの?

いつもいたずらに微笑む目を興味でほんの少し輝かせて、覗きこむみたいに尋ねてくる。何でもねぇよ、と麦茶を流しこんだ。仮に俺が「好きだから見てた」なんて言っても、きっと流されて終わるだろ。狡いな、お前は。


「なんでもないのに見つめられたかー」
「何か意味があってほしかったのか?」
「そうだね」
「例えば」
「うーん……思い、つかないや」


2回目の嘘。
本当は「好きだから」っていう意味がほしい。ちょっと期待したんだけどな。ほら、やっぱり轟くんで一喜一憂してる。性懲りもない。この場にいるのが辛くなってきた。空しいやら情けないやら苦しいやら。恋って忙しい。感情がぐるぐるして、もうやめたい。辛いのは苦手なんだ。
ぐいっとグラスのコーヒーを飲み干して、支度を整える。そういえばいつの間にかあの歌は終わってしまっていた。そういえば、お茶子たちももう誰もロビーにはいなくて、二人きりだった。

「ん、いい歌だったね」
「…何か、サビの歌詞が印象的だな」
「うん。轟くんにあんなこと言われたら、女の子はみんな嬉しいと思う……なんてね」


なに、言ってんだろ。
とてつもなく恥ずかしいことを言ってしまった。羞恥を隠したくて、平静を装って「じゃあ、おやすみ」と立ち上がる。なんだが、のどが熱い。風邪でも引いたのだろうか。頭がくらっとする。

「どうした」
「ん、なんか、頭ぼぉっとして」
「顔、赤い…つーか、なんか」
「なんか?」
「アルコール……?」

はっとして名前のグラスを嗅げば、ほんのりとアルコール独特の匂いが鼻に残った。冷蔵庫にある黒い瓶を開けて嗅ぐと、同じ匂いがより一層立ち込めた。酒かよ、これ。そういえば、彼女に出したこのコーヒーは冬美姉さんから送られてきたもので、何かの手違いで間違って入れてしまったのだろう。
悪い、と状況を説明するもアルコールの回った名前はうぅん、と唸りながらも何となく理解していたようだった。

「とりあえず、お前は今酔ってる」
「んー…未成年、飲酒だ」
「悪い」
「捕まるときは、いっしょだよ」
「すまん」
「ふふ。でも、へんな味だなあとは思ったのに、飲んだ私もわるいよ」
「なら、残して良かったのに」
「好きな人にもらったのに、残せないでしょ…あれ、」



言っちゃった


そう気づいた時には目の前の轟くんは初めて見るくらい目を丸くしていた。

わ、馬鹿だ
こんな予定じゃなかったのに
もっと他のタイミングとか
酔うと口が軽くなるって本当なんだ


いろんな気持ちが出てきては今はそうじゃないでしょと消えて行く。だがそれもアルコールのせいでうまい誤魔化し方も浮かばない。えっとえっとなんて、焦った時の典型の言葉が勝手にこぼれていった。

「名前、」
「っ、あはは…部屋戻るね。おやすみ」
「いや待てって」

ぐいっと手を引かれ元のソファーに引き戻される。ぽすんと音を立てて座ったソファーは柔らかく沈んだ。

「いまの、」
「み、ないで」
「名前」
「待って。あの、」
「それとも酒の勢いで、嘘なのか」
「ち、がうっ!」

好きなのは本当で。けどこんなはずじゃなくて。あぁ、もう台無しだ。全部壊れた。今までの時間も、二人での他愛もない会話も、このコーヒーを飲む時間だって。全部、消えちゃうのかな


なら


彼の手の中にあるお酒を無理やり奪い取って、流し込む。おい!と轟くんが止めるけど、遅い。カッとのどが焼けていく。胃が気持ち悪い。頭が、目が回る。のに、勢いで口からはいろんな言葉が飛び出した。

「ばか、何してんだよ」
「勢いだけど、嘘じゃない」
「おい名前」
「ずるい。私ばっかり、言った」
「狡いってお前」
「轟くんは?好きな人、いるの?不公平。教えてよ」
「なに言って」
「も、いいや。来て」


今度は私が彼の腕を引っ張って、エレベーターを目指した。





           


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