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生理ネタ&n番煎じ


お腹から下が重くて、内臓が悲鳴を上げている。無理だ、耐えられない。お昼に飲んだ薬、早く効いてくれないかな。午後から基礎訓練なんだけど。


「顔ひどいよ」
「その言い方は傷付くよ響香……アレになっちゃって」
「あぁー…あんた重いって言ってたもんね。保健室いく?」
「も少し耐える……ありがとー……」


人によって違うんだろうけど、平均的には月1回やってくる女の子特有の悩み。痛みも強く、行動にも制約が出てしまうため、私にとっては厄介なものでしかなかった。
それも今回は過去最高の重さ。脂汗が浮いてくる感覚。気持ち悪い。吐き気もある。貧血になる時みたいに、視界の半分が少しずつ霞んでくる。これは、本格的にダメなやつだ。

「ごめ、ちょっと無理だ……」
「名前…?ちょ、大丈夫?!」


意識が遠のく感覚って、何度経験しても慣れない。慣れたいわけじゃないけど。体の感覚がだんだんなくなって、このまま消えていくみたいな怖さに目を瞑った。





見慣れた天井と、ちょっとだけ甘い匂い。保健室のイメージとはかけ離れた香りだなぁと少し笑えて、改めて倒れたのだと思い出した。

「……あぁ…」
「気がついたかい?……貧血と睡眠不足さね」
「リ…カバリーガール……今、何時ですか……」
「もう7時だよ。起き上がれそうかい」
「ん、大丈夫そうです。すみません」

少しだけ横になってから、何とか立ち上がる。晩ご飯はしっかり食べるんだよと念を押され、保健室を後にする。すっかり暗くなった校舎は何となく怖くて、何となくわくわくする。いつもは誰かがいる廊下にはポツンと自分だけしかいなくて、保健室の明かりの他には何もない。
少しずつ歩を進め、カバンを取りに教室へと向かう。薄暗いそこは廊下よりも一層雰囲気を醸し出していた。

「おぉ、お化け屋敷……」
「くだらねぇ事言ってんじゃねぇぞブス」
「っわぁ!?」

一人きりだと思っていた教室には、暗闇に紛れて爆豪がいた。それも入口横でヤンキー座りをしていたため、私の視界には全く映っていなかったのだ。びびった。心臓がばくばくする。

「お化けかと思った」
「ダセぇ」
「モンスターの方だったね、ごめんごめん」
「ぶっ殺すぞ」

私の軽口に簡単に眉間を歪ませながら、軽く掌を爆発させる。扱い易いなぁ爆豪。お陰で暗闇が照らされて、少しだけ安堵する。暗闇はやっぱり生物的にも怖いよね、うん。そう零すと爆豪は意味が分からないという顔をする。

「お前闇討ちが基本スタイルだろ」
「不意打ちとか奇襲とかって言ってよ」
「変わんねぇだろ」
「闇討ちって、武士か私は」

それにしても爆豪はなぜこんなところで屈んでいたのか。先程から浮かぶ疑問を口に出せば、忘れ物だという。

「爆豪ってドジだね」
「てめぇよか成績良いわ万年平均」
「むかつくわぁ……」

言い返せない事実に口を噤む。それからじわりと再び痛みを発してきた下腹部。ここ、冷える。そりゃそうだ。二人しかいない夜の広い廊下なんて、暖かい空気を孕んでいるはずも無かった。冷えなんて今1番欲しくないのに。

「……何してンだよ」
「…………耐えてる……かな」
「…薬飲んだんじゃねェのか」
「胃からっぽの時には飲めないんだよー……あー……先、帰ってて」
「別に待ってねぇわ」
「はは。たしかに」


特に約束していたわけでもないし、一緒に帰る理由もない。

「いや今はどうでもいいわ……あ゛ー…」

どろりと流れる感覚。気持ち悪い。何度も何度もぐちゃぐちゃに引っ掻き回されてるみたい。



舌打ちが聞こえた気がした。


気が付くと私は爆豪に抱きかかえられてて、彼の頭にしがみついてどうにかバランスを保っていた。

「ちょっ、っと!揺らさないでよ吐く!」
「そこで吐いてみろよ。殺す」
「なら放って置いていいって、ば!」
「んな死にかけ置いてくなんざ夢見悪ィだろ」
「自分のためかよ…」

ずんずんと音を立てて進む廊下は段々と玄関に近づいて。靴を履くときすら彼に抱きしめられたままだった。ありがたいことに体温の高い彼から伝わる熱はおなかの痛みも緩和してくれるようで。
寮にも3分も掛からず着き、ロビーにいた数人に心配されながらもエレベーターへと乗り込んだ。部屋の前まで来るとすとんと下される。久しぶりの地面に少しくらっときたけれど、爆豪が支えてくれた。意外と、優しい。

「ごめん、正直助かる」
「黙ってろ。鍵」
「や、ほんとここまででいいって」
「鍵」
「押し強いなぁ…、ん」

さっさと出せと言わんばかりに手を差し出される。ため息を付きながらも鍵を渡すと無遠慮に中へと入って行ってしまう。何がしたいんだこいつは。きょろきょろと部屋を見渡してからすぐに玄関へと向かう。ものの数秒の来訪に目を丸くしていると振り返ってから一言、

「鍵開けとけよ」

そう言って去ってしまった。なんだ、また来る気なのか。
とりあえず着替えようと制服に手をかけ、パジャマに着替える。今日ばかりは腹巻もセットだ。ぬくぬくと体を温めてくれるが、やはり痛みは治まらない。薬、どうしよう。胃に何か入れないとなぁ。けど今から何かを作る気にもならない。あー、あとお風呂。けど今の時間帯はこれから入る子たちも多いし。こういう時寮生活って少し不便だ。夜中に目が覚めたら入ろう。それか朝方。痛みも寝てればどうにかなるかな。
ぐるぐると考え込んでいるといつの間にか時間がたっていた。みゃあとすり寄ってくる猫を抱きかかえ、ベッドにもぐりこむ。おとなしく言うことを聞いてくれる猫はすぐに眠りについてしまった。

「おい、入るぞ」
「びっくりした。忘れてた」
「なんか言ったか」
「んーん、なんでも…って、鍋?」
「食い物ねェと薬飲めないんだろ」
「えっ、作ってきてくれたの?!わ、鍋焼きうどんだ!」

テーブルに乗せられた土鍋のふたをあけると、ほかほかと湯気をあげる鍋焼きうどんがあった。だしの香りが食欲をそそってくれる。蒲鉾に油揚げも入ってるなんて、手が込んでるなぁ。お店のものみたいだ。

「爆豪ってホントに料理うまいんだね…」
「うるせェ食え寝ろ死ね」
「全然意味わかんないけど嬉しいから、いいや」

自然と笑みがこぼれる。ふわふわと漂う湯気すら嬉しい。あったかいものって幸せの象徴なのかもしれない。いただきます、という私の言葉に爆豪は小さく「おー」と零した。

「ふふ、美味しい」
「当たり前だろ舐めてんのか」
「すすってるかな」
「くだらねー」
「んー…美味しい。幸せ。ありがと」

それから雑誌を捲ったり猫を撫でたりと自由に過ごし、しばらくしてからさっさと寝ろよとだけ呟いて爆豪は部屋を出て行った。
嵐のように来て去っていったなぁと思いながら、まだもう少しだけ残ったうどんに手を伸ばす。あったかい。

そういえば、彼は忘れ物を取りに来たなんて言っていたけれど、それなら何で入口の横で座っていたんだろうか。さっさと帰ればよかったのに。けど、

「んふふ、優しいね」
みゃあ

私の小さな家族も彼が気に入ったみたいだ。すっかり温かくなった体と心にぶっきらぼうな彼の優しさが改めて染みていった。




           


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