ゆらゆらする。
白い靄が広がって、自分の境目がなくなった感覚。うとうとと夢と現実を揺蕩うあの心地良い時間。私は最近、その狭間の中であの男に出会う。

「なぁ」

フードを被って私を押し倒す形でいつも現れるそいつは、目下指名手配中の死柄木弔だ。

一番最初に奴が出てきた時は流石に跳ね起きたのだが、部屋の中には誰もおらず侵入された形跡もなかった。念の為防犯カメラを確認するも、不審な点は無かった。最も、奴の仲間にはワープゲートを扱う者もいる。先生たちに報告すると、夢かもしれないが用心しろと指示を受けた。

それから、奴は何度も現れる。決まって夢か現実か分らない時間。何度も跳ね起きては夢だと安心する。そのせいか、最近では彼が現れてもまた夢だろうと焦りがなくなってきていた。ダメだな、危機管理がなってないと怒られちゃう。それも分かっているのか、夢だけに現れる死柄木はベッドに横たわったり好き勝手して消えていく。

今日は少し、機嫌が悪いみたい。


「なァ、お前……赤黒名前」
なに、死柄木弔

「早く、こっち側に来い。お前は光の似合う人間じゃない。自分でも知ってるだろ」
うん、けど、私はヒーローでいたいから

「可哀想だな。ちょっと目を離した隙に、何か吹きこまれたか。違うよ。お前は、ヴィランのシンボルだ」


ふふ、意外


「貴方も、可哀想だなんて感情……あるんだね」
「………うるさい」


私の皮肉に、ぼりぼりと首を掻いて、苛立ちを示してくる。あんなに掻いて、痛くないんだろうか。
それからしばらく問答を続けたかと思うと、溜息を吐く。

「くそ、疲れた。横にならせろ」

ぽすんとベッドの空いたスペースに振動が伝わる。今日の夢はいつもよりリアルだ。けどきっと、目を覚ましてもそこにはだれもいないのだろう。いつものように。

「クク、雄英生がヴィランと寝てるだなんて滑稽だな」
除籍ものだなぁ

「準備ができたら、迎えに行く」
なんの準備?

「教えるかよ、バカ」
けち

「………少し、寝る」
うん


横に少し目を向けると、顔と体に張り付いた手を外して、目を瞑っている彼が目に入る。寒そう。布団の中に入ればいいのに。私の心を読んだみたいなタイミングで、布団を剥ぎ取られる。

「入れろ」
意外と、甘えたさん。

「うるさい殺すぞ」
ふふ、ごめんなさい。ほら、おやすみ



チッと舌打ちを1つして、首元まで布団を被せ暖を取ろうとする。その時にさっきも目に入った痛々しい首の傷が映った。痛そう。血が滲んでいる。そっと指を伸ばそうとするけれど、気怠い体は言うことを聞いてくれない。彼に届く前にぱたんと落ちて、シーツに沈んだ。


「触るな」
血が出てるって、思ったんだよ

「血?体液摂取でもしようってか」
ふふ、何故?そんな必要ないのに。


「だってこれは、夢でしょう?」


そう呟くと、死柄木は眉間に皺を寄せた顔を近づけてきた。ちゃんと開かない目では、彼の顔はよく見えない。そのまま首筋に顔を埋められ、温かい息が掛かった。カサついた唇は触れなかった。


「……なに、笑ってる」
くすぐったくて。意外と温かいのね。

「……お前を見てると、イライラする」
なら出てこないでよ

「あぁ、夢だからな。消えてやるよ」
ふふ、じゃあまたね

「……またな」



すぅ、っと息を吸って目を覚ますとそこには誰もいない。やっぱりあれは夢なのだろう。時刻は4:12。目覚めるにはまだ早い。そっと彼が横になっていたところを触れるも、冷たさだけが広がった。何もない。やっぱり、夢か。それにしても、ヴィランにまたねなんて、私も平和ボケしている。けど、彼の少しだけ安心した声はいつかの血を分けた兄のようで。


「………寝よ」


誰に言う訳でもなく、冷えた部屋に声は霧散していった。









「どこに行くのですか、死柄木弔」
「聞くな。俺の勝手だ」
「……なら、私のゲートを使わないでいただきたい」
「チッ………あいつのとこだ、勧誘だよ勧誘」
「赤黒名前ですか………足がつかないように」
「分かってる」
「……随分彼女を気にされるようですが」


死柄木は黒霧の言葉に足を止める。そんなこと、言われなくても自分自身思っていた。
ただ、彼女の側は少しだけ眠れるのだ。


「言ってるだろ、勧誘だ。それだけだ。出せ」
「分かりました」


何か言いたげな黒霧の視線に無視を決め込み、闇の中へと向かっていった。


            ×


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