▽2017/01/19 テスト
九月二十三日に山へ登つた時、既に幾分か黄ばんだ葉を片側に付けた樹が見えてゐました。變化に乏しかつた代赭色の土は美しい黄や紅や紫を含んで居りました。最早山は海よりも遙に親しいものになりました。八月の中旬までは毎日缺かさず泳ぎに行つた海が、月末には近づいてさへ寒くなりました。紅のあらゆる色を流してゐた誇らしげな海は、折折雲と光とに對してお役目のやうに偶に美しい紫と緑とを見せるだけで、淺ましい色を呈して沈默して居ります。愛人の容色が衰へたのではなくて、何か魔物が來て愛人の魂を啄んで、代りにそのなきがらの中に住んでなきがらの眼や手足を動かして居るのです。そのかはり單色の緑で怒鳴りつけてゐた山が色色の變化を見せて空にまで柔かい黄をしみ出させてゐるのです。そして登らうとする頭から火のやうな光を浴びせて人を拒むのを廢めて、暖い光と凉しい山氣で人を誘ふやうに愛撫してくれるのです。


▽2017/01/19 テスト
二日のときは、峠から山の脊づたひにお晝頃までかかる場處へ行つて、谿間の浮島のある池へおりました。通草が口を開けて居ました。楓と鉤樟とは完全に紅と黄に染まつて居ました。山の脊は大部分丸剥げになつて居ます。池のある谿間へおりる東側の急勾配にも[#「急勾配にも」は底本では「急句配にも」]谿底にも二三尺の矮生の樹が茨のやうに枝をくねらして生ひ茂つてゐて、その中から骨のやうに白くなつて立枯れした樹が並んでゐるのです。山の脊の西側の斜面には、灰色の燒石と赤土とが交錯して、紫紺から藤色乃至紅乃至赤を柔かにぼかして、その間を黄色い芝草、緑乃至代赭乃至紫の灌木が同じやうな明るい色で點綴してゐます。あれ山の儘太古の日にむき出しに照らされてゐるのです。

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