きよくしろこの夜

「愛してるよ」
「ッ・・・・・・わ、私も・・・・・・」

ひと気もまばらな場所で見つめ合う、いい雰囲気の男女。
男は女の腰を抱き寄せ、その唇を食む。

「離せーッ!! あんな前髪野郎に娘の純情奪わせてたまるかよ! そもそも誰にも渡したくねーけど!」
「落ち着け父さん! ハグとキスくらい許してあげなさいって!」

・・・・・・離れた位置では、(グラサン越しではあるが)必死の形相で拳を振り上げ暴れる長身の男と、それを羽交締めで止めにかかる女という、怪しい二人組が騒がしい。

「んっ・・・ふ、んんっ・・・・・・」

暴れている間に、カップルのキスは段々と深さを増していき、男の片手が腰から滑り落ちて尻を

「傑ッ!! テメ何ゆきのケツ触ってやがんだゴルァ!! 誰の許可得てんだ!!」
「いい加減黙って下さいよ、五条パイセン・・・・・・!」

近くにいたカップル数組は、あまりの物々しさに去って行った。

「ああっ、俺の大事な娘があんなえっちな声を出しちゃって・・・・・・」
「夏油先輩、マジで女の扱いに慣れてますよね」
「・・・・・・遊びだったら傑でもマジで殺す」
「私も殺します」

悟と夏也乃の殺気を感じ取った傑はにわかに体を強張らせたが、すぐに恋人とのキスに集中する。

「アイツ、キス長くね?」
「まあ仕方ないですよ。キスとハグとオナニーしか許されてないんですし」
「本当なら全部禁止にしてぇけど、流石にそれだと傑が呪霊になりかねねーからな」
「そんな理由で生まれた呪霊をどんな気持ちで祓えと」

夏也乃はつい先日、「どこまでならOKか」について、真剣な顔つきで長丁場の交渉を悟としている傑を"立会人"として見ている。

普段幸せそうに傑のことを話す、大好きなゆきちゃん先輩。
まさかその傑が「せめてオナニーは、オナニーだけは許可してくれないか」などと必死に悟に詰め寄っていたことなど、口が裂けても言えない。

「はあっ・・・・・・す、すぐるっ・・・くん・・・・・・」
「ん?」
「キス、いつもより長い・・・・・・」

息を切らせて寄りかかるゆきを、傑は「ごめんごめん」と優しく抱き締める。
悟はそれを見ると小さくため息をつき、

「術式反転『赫』」
「待て待て待て待て!!」

発動寸前で気づいた夏也乃によって、立っていられる限界まで呪力が吸収される。

呪力を消費せず術が使えるという異次元な存在である悟を止めるには、こうする他ない。

「んだよ止めんなよ!」
「止めるに決まってんでしょーが!」
「なんでだよ! ひと気はまばら、ゆきはフルオートで反射出来んだから喰らうのは傑だけで済むだろ!」
「もうやだこのパパ過激すぎてゆきちゃん先輩が不憫!」

2年の冬。
この時には既に、悟はすっかり同級生のゆきに対して保護者面〈ヅラ〉をしていた。

ゆきから褒められれば超ご機嫌になり、叱られるか嫌がられるかすれば周りが心配になるレベルで落ち込み、傑から意地でも離れようとしない。

ゆきが恋人の傑について幸せそうに話すのを見ると、直後に決まって悟と傑が喧嘩を始め、高専中にアラームが鳴り響き、夜蛾の鉄拳が二人の脳天を襲うのだ。

「もう俺もわかんねーよ。ゆきには幸せになって欲しい。でも傑に手取り足取り教わってんのかと思うとア"ー!! ・・・『蒼』はいいよね母さん」
「いいわけねーでしょ! 今日だけでもうどれだけ吸わせる気ですか!」

この男は、夏也乃にしか止められない。
呪力を吸収出来る体質の夏也乃にしか、この規格外の術師は止められない。

「はぁ、このやり取りが、あの二人が入籍するまで続くのかと思うと・・・・・・」
「じゃあいいのかよ、入籍前に傑がゆきの純潔奪っちゃっても」
「いいわけないでしょう? もし夏油先輩が、嫁入り前のゆきちゃん先輩を暴くようなことがあったら・・・・・・その時は、夏油傑を出来るだけ苦しめて殺します」

・・・・・・悟は時々思うのだ。
自分よりも、この後輩の方が、余程ゆきについて過激派なのではないかと。
お父さんポジの自分でさえ、決して安全圏には立っていないのだと。

その後、傑と悟に緊急任務の連絡が入った。
恋人から「行ってらっしゃい」のハグをしてもらった傑だが、クリスマスデートを邪魔されたことで任務先では終始不機嫌であり、対象の呪霊は顕現と同時に瞬殺され、「自分の出番は全くなかった」と悟。

一方夏也乃は、ゆきちゃん先輩と二人でケーキを食べ、あーんもしてもらい、それはそれはご機嫌だ。

勿論、「ゆきちゃん先輩から」との名目で、傑の分のケーキを別で用意したり、ゆきの写真を複数枚用意したりと、傑のケアはしっかり怠らなかった。

何はともあれ、悟と夏也乃が危惧していた「性なる夜」は阻止されたのだ。