頼れる同級生

ビリッ、ビリッ、ビリッ。

部屋に入るなり、今さっき担任から手渡された手紙を、中を確認することなく破り捨てたゆき。ベッドの上から黙ってそれを見ていた硝子は「ラブレター?」と茶化した。

「んー、まあ、そんなとこ」
「ふーん。ゆきが手紙破り捨てるとこ見るの、今月入ってもう5〜6回目くらい? モテるね〜」
「モテてるのは私じゃなくて術式だよ」

振り返った同級生は、困ったように笑った。




「4月に誕生日を迎えてから、両親からの手紙の内容は、いつも決まってお見合いの話ばかりでね〜」

手際良く具材を切りながら、ゆきは自分が置かれている立場について説明した。
正蔵寺家の術式《水面映し》を継いでいるのは一族の中で自分だけだから、早く結婚して継承者を産むよう家から言われていること。
明後日は家が取りつけた見合いがあるため、学校を休むこと。

「見合い?」
「そう」
「嫌なら断ればいーじゃん」
「そうしたいし、いつもなら全部無視してるんだけどね〜。今度の相手は御三家の人らしくて、会う前に下手に断ったりしたら、正蔵寺家の立場がなくなるんだ〜って、お母様に電話で泣きつかれちゃった」

携帯をいじっていた硝子は思わず手を止め、しかめっ面で「何それ!」と不満を口にする。

「そんな理由で私のゆきを嫁にやりたくないんだけど!」
「私、硝ちゃんのなんだ」
「そうだよ!」
「そうなんだ」

切り終わったものを鍋に入れて混ぜるゆき。その横顔は、満更でもなさそうだ。

丁度カレーが出来上がる頃、窓の向こうに背の高い男二人組が並んで立ち、ガラスをノックした。

「硝ちゃん、呼んだね?」
「メールしたらこいつらヒマヒマ言ってたから」
「ここ、女子寮だよ」
「バレなきゃいいんだよ」

女子二人が話していると、ノックの音は小刻みにしつこくなっていき、音源であるグラサン男の表情は徐々に苛立っていくのがわかる。
太陽を背にした長身と長身が生み出す影は、それはそれは長かった。





「俺は相手がどこの女だろうと、総シカト決めてんぞ。ゆきもそれくらい強気でいけよ」

ゲーム機をセッティングしながら、悟はなんてことないようにそう言った。

「そりゃ、悟は御三家、それも五条家の大事なお坊ちゃんだからね。権力の強さが比べ物にならないよ」

食器を洗っている傑が苦笑してそう返すと、「お坊ちゃんはやめろよ気色悪りぃ!」と、悟はゲェッて顔をした。

「…そんなことより、ゆきはその御三家の男と結婚するの?」
「そんなことってなんだ傑」
「するの?」
「おいコラ傑ー?」
「会う前に断るのが駄目みたいだから、とりあえず会ってみて、それから断るつもり」

級友の首を腕でガッチリ押さえて締めつける傑に、ゆきは答えた。
ギブギブとバシバシ腕を叩いて解放された悟は、そんなゆきに言った。

「断るっつったって、相手は俺より雑魚でも一応、御三家の男だぞ。はいそーですかって素直に帰すとは限らねぇ。力ずくで来る可能性は考えられるだろ」
「でも、だからって断る選択肢はないし」

あくまでも会うつもりのクラスメイトに、悟は「だぁーもう!!」と声を荒らげる。

「オマエなぁー、こーゆー時こそ俺の出番だろ! 傑や硝子みてぇに、もっとたかることを覚えろ!」
「やだなぁ、私がいつ悟にたかったんだい」
「名誉毀損〜」
「るっせぇ! てめーら明日からジュースと煙草は全部、自分の金で手に入れろよ! 二度と俺に賭け事を持ち込むな!」

怒鳴り声と共にゲーム機の電源が入り、テレビ画面には桃鉄のタイトルが映る。

「別にゆきがどこの野郎とガキこさえようが、知ったことじゃねーけどさ」
「うん」
「そんな辛気臭ェ面されるとこっちまで調子狂うんだからやめろよな。これから桃鉄99年やろうって時に」
「うん…………うん?」

徹夜決定だね、と傑は肩を落とした。(硝子は煙草を吸いに行かせろと訴えたが、却下されてふて寝した。)




明後日に控えた見合い話は、なぜだか急に取りやめとなった。
その日、普通に教室に現れたゆきを、五条がやけにご機嫌で出迎えたとか出迎えなかったとか。