追う者・追われる者

最近、傑くんがなんか近い……気がする。

呪霊を取り込むと顔色が悪い傑くん。
傑くんと私は、任務後は毎回一緒にご飯やスイーツを食べる、という約束を交わしている。

けれどただ一緒に食べるのとは違ってて、その、「キミから"あーん"してもらうと元気が出る」って言うから毎回傑くんにあーんしてて。
雛鳥に餌をあげる感覚で楽しいんだけど、なんか……妙な感じはする。

今日もこうして傑くんの部屋に招かれて、クリームドリアをあーんしてる。

「……うん。今日も美味しいよ」
「ありがとう。……あの、傑くん」
「なんだい?」
「その…………近くない?」
「何が?」

何が、って。
あーんする時に腰に回された傑くんの手が、まだそのままそこにあることについて言ってるのに。

「最近の傑くん、変……」
「変って、どこが?」

もう。そうやって怪しく笑うってことは、わかってるのにわからないフリをしてるんでしょう?
返事をしない代わりに睨んだら、ふふっと笑われた。

「ごめん。いや、私は普段、悟や硝子の面倒を見てばかりだからね。ゆきには甘えたいんだよ」
「二人を呼ばないのは、私に甘えているのを見られたくないから?」
「まあ、ね」

そうなんだ。そっか。甘えたいんだ……。
確かにこれだけベタベタしてる傑くん、あの二人には見せられないかも。きっとゲラゲラ笑いながら写メる。

「傑くん、いつも悟くんと硝ちゃんのお兄ちゃんみたいだもんね」
「全く世話の焼ける弟と妹だよ」
「じゃあ甘えたがりな傑くんは、私の弟かな」

弟、と言った瞬間。
傑くんの切れ長の目が、強張ったような、揺れ動いたような、いつもと違う様子に見えた。

「姉と弟にしては、距離が近すぎるんじゃないか?」

腰に回した手はそのままに、薄い笑みを浮かべた顔が近づく。

「すぐっ…」
「傑〜。借りっぱのエロ本返しに来てやったぞ」
「!」

弾かれたように、反射的に、私は傑くんを両手で突き放してしまった。
ただ一緒にご飯を食べていただけなのに、すごくやましいことをしていたような、恥ずかしい気持ちでいっぱいで、傑くんの顔も悟くんの顔も見れない。

「え、何? もしかして邪魔した?」
「全然邪魔じゃない! 寧ろ私が邪魔かもしれないから、悟くんゆっくりしていってねじゃあ……!」
「あっおい!」

突き放された傑くんも、呼び止める悟くんの声も無視して、私は部屋を飛び出して逃げた。

なんだったんだろう。
あんな傑くん、知らない。
あんな雰囲気、知らない。
こんな気持ち、知らない。

つい1、2ヶ月前までは普通の、仲のいいクラスメイトだったはず。
それなのに、あれは一体……。

「いっ…! すみません」
「いやこっちこそよそ見してて……ん? あ、ゆきちゃん先輩?」

あてもなく走っていてぶつかったのは、夏也乃ちゃん。

「丁度良かった! 私これから夏油先輩と五条先輩にゲームでカチコミしようと思ってんですけど、ゆきちゃん先輩も来ません?」

ほんの一瞬。それでも、体が強張ったのは、繋いだ手から夏也乃ちゃんに伝わってしまったかもしれない。
なんにせよ私は今、その二人に会うわけにはいかない。

「夏也乃ちゃんごめん。一人で行ってもらえるかな……。二人なら、傑くんの部屋にいるから」
「ええ? どうかしたんですか? あ、まさか五条先輩から何か酷いことでも言われたんですか!? あーの傲慢坊っちゃんが……」
「違うの。悟くんからは何も……」
「悟くんから"は"? じゃあ夏油先輩とは、何かあったんですか」
「それは……」

いくら言葉を濁しても、夏也乃ちゃんが私の手を放すつもりはなさそうで。可愛い後輩を突き飛ばすわけにもいかない。

私は観念して、今さっき起こったことを夏也乃ちゃんに話した。

「あーんとか腰に手とか、完全にセクハラじゃないですか許せん!」
「嫌ってわけじゃないの。ただその……変な雰囲気になっちゃうのが気になってて」
「まあ、あれですよね。最近の夏油先輩、やたらゆきちゃん先輩に話しかけるし、ゆきちゃん先輩にだけは優しいですよね」
「みんなにも、優しいと思うけど……」

確かに悟くんや夏也乃ちゃんの扱いが少し雑なところはあるけど、それは傑くんのキャラというか、彼なりの愛情表現というか。

とにかく、私にだけ優しいってことはないでしょう。
それを聞くと、夏也乃ちゃんはあからさまに嫌そうな顔を見せた。

「夏油先輩が私に愛情表現だなんて、気持ち悪いこと言わないで下さいよ〜……」
「ええ……」
「とにかく! 夏油先輩が優しいのは、ゆきちゃん先輩にだけなんです!」

そうなのかな……。

「手料理をふるまうと『美味しい』とか『また腕を上げたね』って褒めてくれるし、寒い日はあったかいココアを作ってくれるよ」
「前に私の手作り食べさせたら何も感想言わなかったし、夏に長袖なのがクソ暑くて溶けそうになってる私にチョコモナカジャンボ指定してふもとのコンビニまでパシッたような野郎ですよ!」
「ええー……」

傑くん。そんなことしたの……。

「夏油先輩、ゆきちゃん先輩に手を出すつもりなんじゃ……」
「手を出すってそんな、ただのクラスメイトだし……」
「アイツ、女性には困ってない的なこと言ってたんですよ。けど最近全部手を切ったらしくて。これはゆきちゃん先輩の豊満ボディーを美味しくいただくための下準備……?」

傑くんは、そんな酷い人には思えない。確かにクラス4人で集まってトランプやってる時に、彼女(悟くん曰くセフレ、らしい。)から電話が入ったとかで何回か抜けることはあった。
男子二人物陰で、「そろそろマンネリだから潮時だ」とか「新しい相手がしつこい」とか話しているのも聞いたことがある。

それでも傑くんは、クラスメイトにまでそういう関係を求めるような人じゃない。
だから傑くんのあれはただのスキンシップであって、仲のいい人にはよくする当たり前の言動であって、特別な意味なんかないはず。
いつからか距離が近くなった最近の傑くんには戸惑ってるけど、彼の言う通り、あれはただ甘えているだけ。

(だけ、のはずなんだけど……)

今さっき向けられた、彼の視線。
あれはまるで恋愛映画や小説で見るような、そういう類いのものに思えてならない。

結局、夏也乃ちゃんには謝って、私は一人で自室にこもった。

〈アイツ、女性には困ってない的なこと言ってたんですよ〉
〈ゆきちゃん先輩の豊満ボディーを美味しくいただくための下準備……?〉

夏也乃ちゃんの言葉が脳裏をよぎる。
彼はそんな人じゃないと思いたくても、つい疑ってしまう。
今は手を切ったとは言えセフレを持つ傑くんの素行に問題がないわけじゃないけど、大事なクラスメイトにそんな疑いをかけてしまうのは申し訳ない。

それから私は、なんとなく傑くんを避けるようになった。