君はリリーを知っているか?


「俺の女にならねぇか?」

 苦笑するリリアンに、車の追跡を諦めた隆弘が声をかける。

「怪我はねぇのか」

 リリアンは両手をややオーバーに広げてみせた。

「このとおり」

「さっきの拳銃は」

「あれモデルガンだったよ」

「そうか。考えてみりゃ当然だな」

「どうせ調子ぶっこいた観光客だろうしね」

 リリアンが投げ捨てたモデルガンを見る。精巧な作りは本物と見分けが付かない。

「ありがとう。助けてくれて」

「かまわねぇさ。お前も昨日、助けてくれたからな」

 隆弘がズボンのポケットからタバコをとりだし、ジッポライターで火をつける。虎と桜の描かれた蒔絵が目を引いた。
 ズボンのポケットはそれ自体がネコの顔に見えるようデザインされている。ボタンで表現されたつぶらな瞳がリリアンをじっと見つめていた。パーカーにも大きくネコが印刷されていて、口をあけたマヌケ面のネコがリリアンを見ていた。
 服自体は可愛らしいのだが、いかんせん着る人間が195cmの高身長だ。鍛えられた体格のため恐ろしいほど似合っていない。昨日は暗くてよく見えなかったが、もしやナイトクラブにも似たような格好できたのかと思うと頬が引きつった。

――うわぁ、残念なイケメンだぁ。

 目の前の生き物をこれほど的確に表現できる言葉はほかにないだろう。
 西野隆弘はタバコの煙を大きく吸い込んで吐き出した。

「ジャッキーを助けてくれてありがとうよ。イートン校からの知り合いなんだ」

 リリアンが咄嗟に

「なに? 元カレなの?」

 と問うと、隆弘は少しだけ動きを止めてからため息をつく。

「……モデルガンとはいえ銃で脅されたんだ。怖かったんだな」

 勝手に混乱しているのだと納得されてしまった。仕方がないので女は口を尖らせて腕を組む。

「ナイトクラブのことは気にしないでよ。だいたい私が助けたわけじゃない。救命措置はドリーと一緒にやったしそのあとの処置はちゃんとお医者さんがやったんじゃん」

――っていうかおまえらイートン校出身かよ。めっちゃエリートじゃん。

 隆弘が口の片端を歪めた。

「アンタが動いてくれたお陰だぜ。ずいぶん手際が良かったしな。さすが成績優秀者スコラーってとこか。リリアン・マクニール」

 リリアンはモデルガンから金物屋の看板に目線を移した。

「私のこと知ってるの?」

「バルボ教授の事件、第一発見者はアンタだろ。それに入学当初から美貌の秀才って噂になってるぜ。絶対なびかない高嶺の花、オリオルの白百合ってな」

「なにその厨二的ネーミングセンス。悪魔討伐組織の紅一点みたいだね」

「有名人ってこったろ」

「あんたほどじゃないよ。『ハウス』の色男ロメオ

「ああ、それはしょうがねぇな。俺ときたら神に愛されすぎて近々召されるんじゃねぇのかと自分でも不安なくらいだ」

「自分でいうんだ」

――うわぁ、残念なイケメンだぁ。

 瞬きもせず言い切る西野隆弘に、リリアンは彼のファッションを目の当たりにしたときと同じ言葉を思い浮かべた。
 金物屋の看板を凝視するリリアンに隆弘が無理やり視線をあわせてくる。

「それにしても、噂通りのイイ女だな」

「ありがとう」

 リリアンは今度、隆弘のシャツに視線を移す。黒いネコの顔にうっすらと筋肉が浮き上がっていた。男がタバコの煙を吐き出す。

「俺の女にならねぇか?」

 リリアンは笑った。サイズがあっていないのか、彼の来ているシャツは身体のラインが良く見える。良い体格がネコの顔のせいで台無しだ。

「ありがとー! 西野がホモだったら即決で貢いでたんだけどねー!」

「冗談で言ってるんじゃねぇんだぜ?」

「そうなの? 西野だったら私じゃなくてもよりどりみどりじゃん」

 突然女の顎が掴まれ、無理やり上を向かされた。西野隆弘の顔が間近にある。切れ長の目がまっすぐにリリアンを見据えていた。雨期になると水没する森というのをテレビで見たことがあったが、彼の目はその水没した森を思わせる。
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