ざあ、と波の音が鼓膜を揺らす。夕暮れ時の海は透き通った青ではなく緋色を映し、空を見れば夕日が間もなく地平線に沈もうとしている。

砂浜をただ黙って歩くスイの姿を、カミツレも話し掛けることなく幼馴染の背を見つめながら歩いていく。

常にといってもいいぐらい隣同士を歩いてきた二人の間に今はいつものような距離感はない。会話もなく黙々と歩く二人の髪を風が揺らす。

「カミツレ」

自分の名前を呼んだ声と同時に差し出された上着に、カミツレはただ一声ありがとうと礼を言って受け取る。

スイに「海を見にいこう」と誘われ、着いたはいいが時期外れの海岸には当たり前の如く誰もいない。

俳優として数々の映画やドラマに出演し人気を博すスイとスーパーモデル、そしてジムリーダーを兼任しイッシュで知らない人はいないというぐらい有名なカミツレがいたら騒ぎになるのは目にみえていたからちょうどいいのかもしれないが。

そういえばこうして二人きりでゆっくり過ごす時間はいつぶりかしら、とカミツレはふと思う。

お互い忙しい身であるし、同じ幼馴染であるノボリとクダリとも一緒にいることが多い、というより、都合さえ合えば四人はいつも一緒だった。

だから二人っきりというのは本当にーーー本当に久しぶりだった。

ざざん、ざざん。波が静かに寄せては引いていく。

スイは波打ち際で足を止め、同時にカミツレも歩くのをやめて隣に並んだ。

「そんなところにいると濡れちゃうわよ?」
「ギリギリのところで波が来ないから大丈だよ」

波は相変わらず穏やかで、規則正しく寄せては引いてを繰り返している。

「…ねえ、スイ」
「うん?」
「何か悩んでいるの?」

地平線に沈みゆく夕日を見つめていたスイはカミツレにゆっくり向き直り、灰色がかった青い瞳を向けた。

悩んでいるのか、なんて率直に訊いてもこの幼なじみは何も言わないことは長い付き合いでわかっている。

心配させまいとしていつも一人で抱え込み、その秀でた演技の才能で何もかも覆い隠してしまう。それは、幼なじみであるカミツレでさえ見破ることは容易ではない。

しばし何も言わずにお互い視線を交わらせたあと、スイがいつものようにカミツレ、と名前を呼んだ。

「好きだよ」

何の脈絡もない告白の言葉にカミツレはぱちりと目を瞬かせ、丸くする。そんな彼女の一挙一動がとても可愛らしく、愛しい。

親愛の情ではなく、恋情として。

「…急に何を言い出すのかと思ったら。もう、驚いたじゃない」
「はは、ごめん。カミツレは俺のことどう思ってる?」
「もちろん好きに決まってるじゃない。私の大切で自慢の幼馴染よ」

自分の好きと、幼馴染が向ける好きの言葉。

同じ言葉だが互いに向ける感情は恋情と親愛の情で違うことにスイはやっぱりな、と内心自嘲する。

わかっていた。わかってはいたけれど、心の奥がつきりと軋む。

「それにしても、いきなり好きだなんてどうしたの?」
「景色があんまりにも綺麗だったからつい、なんてね」
「つい、で告白するの?イッシュの人気俳優さんは」
「大切な幼馴染みに改めて俺の気持ちを伝えようと思って。…この景色に後押しされたからかな」

沈みゆく夕日を眩しそうにスイは灰色がかった青い目を細め、カミツレも同じように見つめる。

誰もが哀愁を感じる時間帯だろうからか、心なしか彼の表情もどこか切なさを湛えているようにもみえる。

そろそろ帰ろうかと言葉を続けたスイにカミツレも同意する。

いつの間にか夜の帳が下りようとしている。緋色と藍色が交わる景色は幻想的で美しい。

───いつか言えるだろうか。幼なじみとしてではなく、一人の男として君が好きだったと。

波だけが彼の気持ちを知っているように、ざざんと一際大きく揺れた。



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