「じいちゃんは俺の髪と目の色から白い椿の花を連想して俺をツバキって名付けてくれたんだ。それに花言葉も俺にぴったりだって言ってくれてさ。ちなみに花言葉は完全なる美しさ、申し分のない魅力、至上の愛らしさ。どれも俺に似合うでしょ?」
「まあ、お前顔だけはいいからな」
「はあ?顔“も”の間違いだろつり目」

ふふんと得意げに自身の名前の由来を話していたツバキは、ミカゲの言葉に眉をつり上げて彼を見やる。いや、睨むといったほうが正しいか。端正な顔立ちに不機嫌な表情をそのままに、ツバキは手元にある和菓子の包みを剥がし口に入れる。

「んー、やっぱりカグヤさんの作る和菓子は美味しい!」

不機嫌な表情から一転、顔を綻ばせ次々に和菓子を食べる友人の姿にコイツ一体何個食うんだとミカゲは頬杖をつきながらひっそりと息を吐く。甘い物は一口程度が精一杯な彼にとって目の前の光景は見ているだけで胸焼けしそうだ。

机の上に置かれてある和菓子に食欲をそそられたのか、耳と尻尾を揺らしふんふんと鼻を鳴らすブラッキーに気付いたツバキは優しく微笑いかける。

「ふふ、食べる?」
「ブラッキー、お前最近体重増えただろ。駄目だ」

ツバキの言葉に紅い瞳を輝かせるも、すぐさま釘を刺した主人の言葉にしゅんと耳を垂れさせる。

パートナーのそんな表情を見れば甘やかしてやりたいと思うのはトレーナーの当然の心情で。

ねだるようにじ、と紅い瞳で見つめられ耳を垂れさせている姿を見やれば先ほど「駄目だ」と釘を刺したのは何だったのか。はあ、とため息一つ。ミカゲは「一個だけな」と切れ長の桔梗色の目を緩ませた。

「…お前、顔に似合わず親馬鹿だよなあ」
「あ?何か言ったか?」

普段とは打って変わり、少しだけ眉を下げて表情を緩ませながら相棒の頭を撫でている友人の姿にツバキは髪を弄りながらぼそりと呟く。が、当の本人には届いていないようで、ツバキは本日何個目かの和菓子を頬張った。

もうすぐ二桁に届きそうな数の和菓子を胃に入れるツバキを横目で見やり、呆れとこの細い身体のどこに入るんだと若干の疑問を抱きつつ、先ほどの彼の話を思い出す。

(…名前、か)

友人の育ての親は彼の真白い髪と花葉色の瞳から白い椿の花を連想し、そして花言葉も踏まえて“ツバキ”と名付けた。
ならば自分のミカゲという名は、一体どのような意味でつけられた名前なのだろうか。

ミカゲ。───影。子供の名前につけるのには相応しくない、自身の名前。

カントー、ジョウトで最大の勢力を誇った裏社会の組織が子供に敗れ、一度は復活したものの二度目もあえなく子供に敗北し、組織が完全に解散したと同時に父親は行方を眩ませている。

物心ついたときにはすでに父親に暴力を振るわれる日々を生きていた。が、それも組織が暗躍していた頃の話だ。父親が行方を眩ませた今、平穏な日々を過ごしている。

けれど、父親に似た顔立ちを鏡に映す度に。未だ消えない傷跡を見る度に。

───お前は、絶対に俺から逃げられないのだと言われているようで。

影のように決して離れず、何処までもつきまとい青年の心に暗雲を落とすのは、他でもない自身の父親。

とんだ皮肉だな、とミカゲは他人事のようにぼんやりと思う。

親から与えられた愛情の証しである名前でさえも、青年にとって鎖でしかない。

「ミカゲ?どうしたの?」

ふいに投げかけられた声の方向にゆるりと顔を向ければツバキがきょとんと首を傾げながら花葉色の瞳に疑問の色を浮かべている。

「いや、なんでもねえ」
「はあ?俺がせっかく心配してやったのにその態度なんだよ」
「お前のその上から目線の方が何なんだよ」

ツバキの物言いも今となっては慣れたもので、ミカゲは軽く受け流す。

父親から暴力を受けた箇所は治りきっているはずだというのに。

(あれから何年経ってると思ってるんだ…)

痛みなどとうに感じないはずの傷跡が、じくりと痛んだ気がした。



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