「貴方はどうしてこの組織に入ったのですか?」

ランスはパソコンのディスプレイに向かっている男の背、ミカゲになんとなしに問い掛ける。
自分のことを語らない男のことだ、訊いたところで答えが返ってくることはないだろう。大して期待をしていないランスは視線を手元の報告書へと移す。

ふいにカタカタとキーボードを叩く指が止まる。すぐ側に待機していた、彼のパートナーであるブラッキーが待ち侘びていたように足元にじゃれつく。尻尾を揺らしながら甘えるブラッキーをミカゲは少し屈んで頭を優しく撫で、桔梗色の瞳を細める。その目に宿すのは、やはり紛れもなく───、

「なんでそんなこと訊くんだよ」
「イーブイからブラッキーへの進化はトレーナーに懐いていることが条件。そんな煩わしい条件のポケモンを進化させたあなたが、この組織にいるのは少々不釣り合いだと思ったもので」

トレーナーとポケモン同士の絆や信頼、愛情。そういったものは不必要でありランス自身馬鹿馬鹿しいと思っている。例外はいるがここにいる人間はそういった考えの集まりだ。

例外───目の前にいる男がまさにそうだった。

おおよそ悪の組織の一員に相応しくない眼差しを自身の手持ち達に向けていることをランスは知っている。

不釣り合い、ね。嘲笑した男の桔梗色の瞳は何を思っているのかわからない。ランスはただ黙って次の言葉を待つ。

「自分からこの組織に入ったわけじゃねえよ。生まれた時からここにいた。それだけだ」
「親が組織の一員だったわけですか。ということは、あの科学者はやはりあなたの…」
「顔見りゃわかるだろ。嫌になるぐらいアイツに似たんだからな」

ミカゲはどこか遠くを見るように空を見つめ、忌々しげに言葉を吐き捨てる。

声色からも、眉を寄せた表情からも、彼が父親に対して良い感情を抱いていないことは明白だった。

「それで?お前はなんでここに?」
「貴方のような事情ならいざ知らず、裏社会の組織にいるという時点で大体の察しはつくでしょう」

世間から爪弾きにされた者、表の世界から姿を消さざるをえなかった者、組織を率いる首領のカリスマ性に惹かれ自ら足を踏み入れた者───

様々な理由を経て、彼らはここにいる。

ミカゲはそれ以上訊くつもりはないようで、実験結果を打ち込んだ分厚い報告書をランスに手渡す。

「ランス、頼まれてた報告書できたぞ」
「ああ、ありがとうございます」

短時間であれだけの量をこなした上に一つもミスはない。ランスは素直に感嘆し、私の部下もこれぐらい出来ればいいのですがね、とため息混じりにそっと溢す。

「バーカ、お前の部下と俺じゃ頭の出来が違うから無理に決まってんだろ」
「確かに貴方には劣りますが、私の部下も中々有能ではありますよ」
「へえ?随分と買い被ってんじゃねえか」
「使えない部下は切り捨てているので、少なくとも私の手を煩わせるような愚図はいません」

コバルトグリーンの瞳は刃物を思わせるほど冷たく鋭い。流石は組織一冷酷といわれる男というべきか、ミカゲは口角を上げてクツリと笑った。

「報告書アポロさんに提出するだろ?今から出掛けるからついでに持っていってやるよ」
「おや、珍しい。明日はきっと雨が降りますね」
「素直に礼も言えねえのかよ、お前は」
「失礼、ミカゲが珍しいことを言うものですから。ありがとうございます、お願いしますね」

立ち上がりミカゲは報告書の束を手に取る。長い間退屈だったのだろう、出掛けるとわかったブラッキーは嬉しそうに尻尾を揺らしながらミカゲの足元にじゃれつく。

ドアを開け廊下を歩きながらふと、もし、と仮定の考えを巡らす。

───もし、自分がこんな薄暗い組織の元に生まれていなかったら。

「…馬鹿みてえ」

仮定の話ほど馬鹿馬しいものはない。

いくら思考を巡らせたところでこの組織に身を置いている事実も、生き方も変えられないのだから。



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