1.
其の日は雨だった。
ポートマフィア下級構成員、織田作之助は、何時も通りに仕事を終え、例の酒場に向かって歩みを進めていたところだった。
(其れにしても非道い雨だ)
先を急ごう。
彼が傘の中で溜息を一つ吐き、歩みを進めていた時だった。
(……?)
何だろうか、あれは。
織田が目を細めて近づくと、其処には1人の少女がずぶ濡れになって倒れていた。
「……」
一瞬、彼は考えた。
何も見なかった事にして、此の場を立ち去ってしまおうか、と。
だが、どうしても彼の性格が其れを許さなかった。
結論として、彼は気を失った状態の少女を抱え、何時もの酒場へと向かったのである。
◇◆◇
太宰は吃驚していた。
何故なら、彼が仕事を終えて酒場に入ると−あの織田作之助が、1人の少女を隣に置いて、平然と酒を呑んでいたからである。
最も其の少女は、如何やら気を失っている様子であったが。
「……ねェ織田作、一体全体如何したのさ?君が女性をこんな処に連れて来るだなんて」
「嗚呼、太宰か。否、此の女(ひと)は違うんだ。先刻港の近くに倒れていたんだ」
「……港?」
太宰は首を傾げながら織田の隣に腰掛ける。
頬をついて少女を見つめると、彼女はあどけなさを仄かに残しつつも、何処となく儚さも漂わせた雰囲気を醸し出していた。
瞳は固く閉じられており、目の下には隈も出来ている。
気を失っていても尚、彼女は苦しげな表情をしている事が伺えた。
「……綺麗な娘だね」
気が付けば、太宰は小さな声でそう呟いていた。
織田は其れを聞いて一瞬途方に暮れるも、直ぐに「そうだな」と相槌を打つ。
「ねェ織田作。此の娘、暫くの間私が預かっても善いかな?」
織田はその言葉に再び動きを止めたが、「こういう事は俺よりお前の方が解ってる」とだけ告げ、手元の盃に手を伸ばした。
「有難う、織田作」
太宰は礼を告げて小さく笑うと、何事も無かったかのように何時も通り仕事の愚痴を溢(こぼ)すのだった。