十八話
街外れにある一つの孤児院。児童養護施設とも言える場所が家事にあったことはその日のうちにニュースとして飛び交った。
街外れにあったこともありヒーローや警察の到着が遅れたこともあり被害は増大。職員も子供たちも生存者はほぼゼロ。だがたった一人だけ、たまたまその場に居合わせた一般人が助けたことによって難を逃れた子がいる。その一般人はかの最高峰、雄英高校ヒーロー科に所属していた。
彼女は言った。『もう駄目かと思ったが、か細い子供の声が聞こえた瞬間に飛び出していた。他の子達も助けられたかもしれないが、私にはあの子を助けるだけで精一杯だった』と。自分を責めるような悲痛な面持ちで語る彼女に、助けられなかったことを責めるものなどどこにもいない。それどころかまだ学生の段階でありながら個性を使わずその身一つで幼い命を救ったことに賞賛された。
だからこそ、そんな彼女が救い生き残った少年を引き取ると言ったことに対して、誰も異を唱えず、疑問に思う者も誰もいなかった。
「先輩、本当に五車の術がお上手ですね」
とある一軒家。その一室で庄左ヱ門は椅子に座りながら目の前に座る敬愛する先輩を見る。
「なんのことだ?庄」
「マスコミ連中にあんな嘘八百並び立てたのは、相手の同情を誘う哀車の術。それで僕の引き取りをスムーズにしたのでしょう?」
「嘘八百なんて酷いな。あれが本心とは思わないのか?」
「思いませんね」
白々しくとぼけるが、にべもなくバッサリと切り捨てた庄左ヱ門に笑いが漏れる由紀。
「まあ最初の方は本当だけど、後は全部出鱈目さ」
「ですが先輩のお祖父さんの力や先輩ご自身ならば、わざわざあんな面倒な真似をせずとも僕を引き取れたのでは?」
「甘いなぁ庄」
由紀の言葉にどういうことなのかと首を傾げる庄左ヱ門。手に持った湯のみと相まり、より一層昔を思い出し頭を撫でる。気持ちよさそうな擦り寄る姿に、悶えかけたが、そこはなんとか踏みとどまれた。
「あのまま私がただお前を引き取ると言っても、十中八九なんの関係もないまだ子供がなぜそんな事を言うのだと一蹴される。いくらお祖父ちゃんの権力で後押ししたとしても、そこまでしてお前を引き取りたいのは何故かと余計な不信を抱かせるだろう。そんな後々面倒になる手間は省きたい」
一度言葉を切りカップに口をつける。庄左ヱ門を見ると今言ったことを己の中でしっかり噛み砕いていた。
「そして、私の肩書きも面倒な位置にあった」
「雄英高校ヒーロー科……」
「そうだ。例え編入したばかりの一年とはいっても、ヒーロー科に在籍している以上は"助けられたはずの命を見捨てた"なんてレッテルを貼られたら今後動きにくくなることは目に見えている。だからそれらしく世に対する【私のイメージ】を作り出したんだよ」
由紀の言葉に納得したように頷く庄左ヱ門。彼もまた、他の人たちの存命を確認せずに助けられたかもしれない命を見捨てたことについては何も感じていなかった。産まれてすぐに両親が死に、施設に預けられていた庄左ヱ門にとってはずっと一緒にいた家族であったにも関わらずだ。
「結果は見ての通り。私が庄を引き取ることに異を唱える者も、こんな小娘が祖父の援助があるとはいえ子供を引き取ることに不信を抱く者もおらず。私はお前を無事引き取れたというわけだ」
「………先輩は、ヒーローになるのですか?」
言い終えた後の庄左ヱ門の言葉に面食らう。けれど対する庄左ヱ門は僅かに不安そうにしていた。それにどうしたのか疑問に思うが、すぐに思い至り安心させるように。優しく、慈しむようにその頬を撫でる。
「私はヒーローにはならないよ。教師達もそれに理解している。私がヒーロー科なんぞにいるのは、そう、ただ運が悪かっただけだ」
祖父の空回りした善意を思い出し苦笑するが、庄左ヱ門は安心したようでみるからにホッとしていた。
「そうですよね。先輩はヒーローと遠く離れた位置にいますから」
「否定はしない。だがそれは私達全員に言えることだよ?」
「確かに」
由紀は庄左ヱ門を抱き上げ、膝の上に乗せる。それに驚くも、すぐに庄左ヱ門は位置を調節し落ち着いた。庄左ヱ門を後ろから抱きしめる由紀は笑っていた。
「なぁ…庄」
「なんですか?」
「お前は、ヒーローを___いや、オールマイトのことをどう思う?」
一気に飛んだ話に、庄左ヱ門は疑問符を浮かべるしかない。けれど由紀ははなから反応など求めていなかったのか、笑っていながらその眼はここではない。あのヒーローの背中を見ていた。
「私はアレが恐ろしいよ」
攻撃を受けようとも、肉体が限界に来ようとも。決して戦いをやめない。
「あの人は他人を守るために、それだけのためにあそこまでやるんだ」
笑って敵を討ち滅ぼす彼は明らかに限界なのに、それなのに、周りは気が付かない。彼が気が付かせない。
「なんの見返りも求めず、ただ助ける」
その笑みの下はもうボロボロのはずなのに、それでも周りは彼を担ぎあげる。
「異常だよ。彼も。周りも。ヒーローがあんなものなら、私は死んでもゴメンだ」
あんなもの、平和の奴隷じゃないか。
抱きしめる力が強まり、由紀の空気が変わったことに気がついた庄左ヱ門は、背後に全体重を乗せ腹に回っている手にそっと触れる。
「大丈夫ですよ。僕がいますから」
由紀の気持ちは、庄左ヱ門もずっと感じていたことだ。だからこそ由紀がヒーロー科に在籍していると聞いて不安になった。彼女までもが世界に奪われてしまうのではと。
「ずっと独りでした。でもこれからは違います。僕には由紀先輩が。由紀先輩には僕がいます」
いくつも年下の守るべき後輩に慰められることに少々思うところもあるが、この腕の中にいる後輩は妙に大人びたところがあることを思い出した由紀は、自分のことで精一杯で庄左ヱ門を気遣うことができなかったことを恥じた。
「……嗚呼。おおともさ。私達はもう独りじゃない。他の奴らだって今頃どこかで過ごしていることさ」
腕の中の温もりを確かめるようにすりより、今はいない大切な者達を思い出した。
「そうだとも。お前には私が。私にはお前がいる。私の力は、お前達を守るために使うよ」
一度失った光。
「今度こそ、きっと守ってみせるさ」
「先輩、僕も先輩をお守りします!」
由紀の顔を見て元気よく言う庄左ヱ門に、どうしようもないほど愛しさがこみ上げてくる。
「ああ。頼りにしているよ」
(やっとこの腕に戻ってきた光。今度こそ、手放したりはしない)