過去と忍びと今とヒーロー
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  • 二十話

    時は過ぎて放課後。
    職員室のソファーで庄左ヱ門は黙々と勉強を進めていた。お昼は由紀が作ったお弁当を一緒に食べた。その時に由紀の様子に周りが驚愕していたが、そこは割合。
    元々学校に行っていなかった間は施設でただひたすら書店で売っている教材を使って勉強していたのだ。その施設内でも遠巻きにされていた庄左ヱ門は一人で過ごすことなど当たり前で、ただ場所が変わったというだけの認識だった。


    ふと影が出来たので顔を上げると、目の前に奇抜な格好のサングラスをかけた男がいた。

    「?」
    「ヘイ黒木boy!」
    「なんですか?プレゼントマイクさん」
    「アウチっ!そんな他人行儀じゃなくてもいいんだぜ!?」
    「?僕達は他人では?」
    「ン、まあ……そうなんだけどよぉ」

    ヤバイ心が折れそうだ。


    朝から一貫している対応。この子供が決して自分たちを嫌って冷たく接している訳では無いことはわかる。本当に、純粋に、心の底から。そう思っていることを何ら隠さずにいるだけなのだ。子供の純粋な目でこの対応。朝から何人もの教師たちが挑みそして撃沈していった。そのちぎっては投げちぎっては投げの光景に、そろそろ本気で心が折れそうなヒーローたち。いかに鍛えているヒーローであっても、子供からの塩対応は堪える。



    今日の日程は終わったということで、職員室内には教師たちがちらほら増えていった。勿論準備室に行っている者もいるが、大半はここにいることになるだろう。


    コンコン

    するとノックの音が聞こえた。けれど何か用があれば扉を開き用がある教師を呼ぶだろうとほとんどの者があまり反応しなかったが。

    コンコン

    二度目のノック。ここで数名は何かがおかしいことに気がつく。けれど何かはわからない。扉は依然として開く気配はない。

    コンコン

    三度目のノック。ここでようやくノックの音が扉からではない別の所から聞こえてきていることに気がついた。ではどこか。

    「すみません」

    声をかけられ、窓を見る。
    そこには窓枠に足をかけ、左手で壁にあるわずかな段差を掴み、右手をノックの形にしている浅間由紀の姿があった。

    「すみません。鍵、開けてもらっていいですか?」

    淡々と言う由紀に、一番近くにいた教師は絶句し、他の教師達も気が付き始めた。
    その姿を見て顔を輝かせる庄左ヱ門とは対照的に、教師たちは一様に目を見開き驚愕した。


    「なんてとこいるんだ!?」
    「ちょっ!」
    「とにかく早く入りなさい!」

    慌てて鍵を開ければ、ヒラリと身軽に中に入る由紀。制服の皺を伸ばし、追求してくる教師達を無視して一直線に庄左ヱ門の所へ向かった。

    「お待たせ庄」
    「お疲れ様です。先輩!」
    「変わりないか?」
    「問題ありません」
    「よし、じゃあ帰るか」
    「はい!」

    「いやいやいやいや!」


    そのまま帰ろうとする二人に、やっと我に返ったプレゼントマイクが慌てて二人を引き止める。けれど庄左ヱ門は何故引き止められたのか分からないようでキョトン、としており。当の本人である由紀は変わらず無表情だった。その反応がより周りとの認識の差を思い知らされる。

    「え!何!?今どこから来たの!?」
    「窓からですが?」
    「いやいやいや!なんで俺が"何言ってんだこいつ"って顔されてんの!?え!これ俺がおかしいの!?ねえ!」

    マイクが背後にいる教師に問いかけると、一様に首を横に振られる。

    「浅間さん。なんで窓から来たの?」
    「最後の授業が外だったので、更衣室からならば窓から行ったほうが速かったからです」

    ミッドナイトが聞いてみれば、なるほど。窓から来た理由はわかったがなぜそんな選択肢があるのかが全くもってわからない。

    「先輩。先輩」
    「なんだ?庄」
    「皆さん先輩の奇天烈な行動に驚いているんですよ」
    「奇天烈?普通じゃないのか?」
    「僕達にとってはそうですが、皆さんにとっては違うようです」
    「そうか……だが仕方が無いよ。だって庄に早く会いたかったんだもの」
    「!僕もです」

    未だ目の前で起こったことに頭が追いつかない周りを放って、二人は手を繋ぎあって見るからに微笑ましい様子で笑いあっている。
    確かにその姿だけ見れば微笑ましいことこの上ないが、早く会いたいからといって窓から、というか壁を伝ってきたという現実がそれをただ単に子供達の仲の良い風景には見せなかった。

    「………浅間。壁を伝ってくるのはやめろ。あぶねぇだろうが」

    ため息まじりに言った相澤の言葉に、由紀はちらっとそちらを見ると少し考えるように顎に手を置き、一つ頷いた。

    「分かりました相澤先生。今度は気づかれないように入ってきます」
    「いや窓から入るのをやめろ」

    入ってきた時に窓の淵にいたことが駄目だと思い、ならば入ってくる瞬間を見られなければ窓からでもいいんじゃないか?と思ったが、即答で否定される。
    授業が教室ならば別に扉からでもいいが、外だった場合は窓から来た方が早く到着するのだ。それをわざわざ遠い方から行くなんて庄左ヱ門と会える時間が減ると思う由紀だが、周りの反応を見る限り対応が面倒だと判断し、ここは素直に頷くことにした。

    「では先生方、ありがとうございました。さようなら」
    「ありがとうございました」

    頭を下げて出ていく二人に、なんだかどっと疲れた教師達であった。


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