過去と忍びと今とヒーロー
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  • 二十二話

    「くだらないな」

    言葉と共に息を吐き出し背もたれに寄りかかる。視線はスクリーンに向けているが、先程までの興味深そうなものからつまらなそうなものを見る目に変わっていた。

    「競走することは向上心を上げるために有意義なことだけど、ヒーロー同士でそんなものをやってしまっては職業ヒーローが出来るだけになるんじゃないのか」
    「押し合いへしあいで他者を蹴落とし自分の利益のみを追求するんですね」
    「別に命をかけるのに見返りを求めるなとは言わないけれど、やりすぎというのはどうなのだろうね」

    一歩間違えれば大怪我になりかねないような競技。雄英にはリカバリーガールがいるとはいえ、彼女の個性も言ってしまえば本人の力に左右される。もしリカバリーガールでも治せなければ?そんな危険な競技にもかかわらず、周りではやしたて盛り上がる大人達。そのほとんどがスカウト目的で来たヒーローだ。

    「このままの順位で終わりますかね?」
    「そうだな……いや」

    目をつけたのは、何やら仕掛けている緑谷。

    「あいつだな。あいつが追い上げそのまま一着だ」
    「彼が?ですがトップとの差は結構ありますが」
    「何も道具を使ってはいけないルールはない。それに見てみろ。あいつが集めているのは、地雷だ」
    「!爆風!」
    「あれだけ集めればトップまで追いつける。その後も断続的に爆破させれば可能性はあるよ」

    誰もが派手なものにしか目が映らないのだろう。けれど真に凄いのは、ああいう考え実際に行動する者だ。自分が持っているものを正確に把握し、何ができ、何ができないのか受け入れる。それでも自身が目指すところへ足掻く者。それは誰でも出来ることではない。だからこそ凄いのだ。

    「誰も気が付かないけれどね」
    「あの隈のすごい彼ですか?」
    「うん。この間教室に宣戦布告に来ていた普通科の子」
    「気にかけているのですか?」
    「まさか。ただ、この体育祭のダークホースの存在にはなるだろうから、面白そうだなって」

    そうはいっても他人を気にしたからなのか、若干拗ねているような庄左ヱ門が可愛らしくて笑ってしまう。けれど最後には相変わらずだと苦笑する庄左ヱ門は本当に私のことを分かっているのだと思う。

    「ああほら。第一種目が終わって次が始まるぞ」
    「次は………これは、また」
    「面白いね」

    一位の1000万ポイントを手に入れたことで一気に遠巻きに青くなる緑谷を見ながら、一位と二位とのポイントの差でこれを考えた教師達の思惑に笑うしかない。Plus ultraすぎだろ。

    「まあ、ヒーローを目指すのならこれぐらいの困難乗り越えて見せろってことなのでしょうね」
    「ははは。これは下手に実力をみせないほうが得策だ」

    まあ編入試験で既に手遅れだろうけど、あれ以上はやめた方がいい。どんな無理難題を仕向けてくるか分かったものじゃない。




    しばらくして第二競技も終了した。二人ほど棄権したというハプニングのようなものはあったが、順調に進行していき後はトーナメントを残すだけになった。

    「さて、お昼休みだしご飯でも食べるか」
    「お茶の準備もバッチリです!」
    「庄のお茶を飲むのは久しぶりだな〜」
    「この時代のお茶に慣れるのに時間がかかりましたからね」
    「だけどまさか緑茶や抹茶はともかく紅茶やコーヒーまで本格的にするとは思わなかったよ」
    「やるからには徹底的にやりたいじゃないですか!」
    「うん。庄の入れる飲み物は全部美味しいからね。機材から茶葉まできちんとした物を揃えたかいがあった」
    「その節はありがとうございました」

    作ってきたお弁当に庄左ヱ門が入れたお茶を飲む。本当ならば食堂にでも行こうかと思ったけれど、人で一杯だろうから遠慮することにした。

    「あ、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
    「行ってらっしゃい」

    ここから一番近いとなると控え室に近づかなきゃいけないな。やだな。他のやつらに見つかったら面倒だ。だけどまあどうせ食堂にでも行っているだろうから大丈夫でしょ。

    ここでそんな楽観視しなければあんな面倒そうなやつに目をつけられることもなかっただろうに。ここでそんな甘い考えを持った自分を殴りつけたい。



    ***

    お手洗いがすみ、庄左ヱ門のところへ戻ろうと角を曲がった時のことだ。前方から炎を纏っている大男が歩いてきた。
    気配で誰かが来ているのは分かっていたけれど、彼とは初対面だし特に関わりもない。だから会釈だけして去ろうとしたのだが。

    「君は……」

    炎の大男、エンデヴァーがこちらの顔を見て漏らした言葉に反応する。
    相手は立ち止まり、じっと見てくるのでこちらも立ち止まらざるを得ない。

    「あの……No.2ヒーローのエンデヴァーさんですよね?私になにか?」
    「ああ………君は噂の編入生かな?」
    「噂……?まあ一応編入生ですが」

    私の言葉に顎に手を添えて何やら考えるエンデヴァー。一体なんなんだ。もう行ってもいいのかと歩き出そうとするが、見計らったように口を開く。

    「君の話は聞いているよ。とても優秀だそうじゃないか」
    「話?まだそこまで授業はおこなっていないはずですが」
    「授業ではなく編入試験だ。普通の家庭の出でありながらプロヒーロー相手に善戦したのだろ?」
    「………なぜそんなことを部外者の貴方が知っているんですか」

    自然と目が細まり睨みつけるようになる。それをエンデヴァーは興味深そうに見るが、余裕の表情は崩れない。

    「どれだけ秘密にしようと、人の口に戸は立てられない。一部のヒーローの間では君のことは噂になっている」
    「……………どのような噂か気にはなりますが。貴方は一体何故私に声をかけたので?」
    「特に意味は無いが、何故今回出場していないのか疑問に思ってね」
    「ああ……大して意味はありせん。ただ先生方がヴィランに狙われる可能性を危惧して取りやめただけです」
    「大したことがない…なるほど。君にとってヴィランに狙われることはその程度なのか」

    何が言いたい。こいつ。

    エンデヴァーは変わらず興味深そうな目でこちらを見る。
    何か興味が引かれるようなことを言ったのかと自分の発言を思い返してみて、ようやく失言に気がついた。

    「つい最近まで普通の中学生で、ヴィランと相対したこともなかったはずだが………なるほどなるほど。どうやら君は、とんでもない実力者のようだ」
    「………買いかぶりすぎですよ。先程は言葉のあやというものです」
    「そうかね?だが先日の襲撃にも個性を使わず撃退したと聞いたが?」
    「ですから……一体どこから聞いたのですか」
    「警察関係者には知り合いが多いからな」

    興味深そうに、けれどどこか品定めするような視線を向けてくるエンデヴァーに、不快感が募っていく。

    「先生方にもお話しましたが、それは相手がチンピラ程度だったからです。相澤先生が相対したヴィランならばどうなっていたか」

    本当にめんどくさいな。周りの大人達は私の言い分を全く信じない。それは別にいいけれど、この追求はいい加減にして欲しい。そろそろキレそうだ。

    「しかし残念だ。出場していたら焦凍と実力を見れたというのに」
    「焦凍……?轟君の、お父上でしたか」
    「ああそうだ」

    この目。昔によく見ていた眼。
    品定めするような、見下すようなその眼。
    いろいろ言ってはいるが、所詮息子である轟の当て馬程度にしか思っていないのだろう。

    嗚呼腹が立つ。
    何故こんなやつにそんな風に思われなければいけない。


    「実力を見る?その前に、轟君が私に個性を使わせられれば、の話では?」

    クスリ、と笑いながら言った言葉に、エンデヴァーは眉をひそめる。

    「個性はいわば奥の手。知らなければどんなものかも分からず対処の仕様はない。
    私は、格下相手にわざわざ手の内を明かすような馬鹿な真似はしないんです」


    我慢の限界なので、反応を見る前にさっさと横を通り過ぎて庄左ヱ門のところへ向かう。



    ああもう今切実に癒しが欲しい。




    ***

    彼女の事を知ったのは噂でだった。
    雄英が試験的に編入制度を設けたと聞き、それ世間的にも注目されていた。そんな中。一人だけ試験を受けずヒーロー科へ編入した。しかも一年の普通科。それも女がだ。
    本来ならば個人情報として外部には漏れないはずだが、彼女のことは一部のヒーローの間では微かに噂になっていた。
    接近戦奇襲では随一であるイレイザーヘッドと善戦したのだ。しかも聞くところによると危険だと判断した校長が止めただけであり、あのまま続けていればどうなるか分からなかったそうだと。これが噂にならないわけがない。

    ヴィラン襲撃。彼女はここでも異様な存在だった。
    知り合いの警察関係者から聞いた話だが、彼女は個性も使わずヴィランを撃退したという。チンピラとはいえ焦凍でさえ使ったというのにだ。

    ああ勿体ない。この女と焦凍が闘っていればこの目でその実力を確かめられただろうし、個性は分からないが、それ以上に焦凍の実力を高めるために最適な駒だっただろう。


    「実力を見る?その前に、轟君が私に個性を使わせられれば、の話では?」


    だがその考えはすぐに覆された。


    「私は、格下相手にわざわざ手の内を明かすような馬鹿な真似はしないんです」


    そのまま去っていく彼女を、引き止めることはしなかった。いや、できなかったと言っていい。


    「…確か、浅間由紀、といったかな」

    焦凍の周りにあんな存在がいたとは、驚きだ。調べてみる価値はあるだろう。




    ***


    「ああ〜。もうなんなんだ疲れたよ庄癒してくれ」
    「はいはい。帰ってきてそうそう許可する前に抱きしめてますよね」
    「癒しが足りない。駄目だよ。もう周りが鬱陶しすぎてキレそうだ」
    「どうしたんですか?」
    「実はカクカク云々で」
    「………それ、多分ですがエンデヴァーに興味持たれましたよ」
    「…………………え"」
    「僕が知る限りですが、そんな言い方をしてはエンデヴァーはむしろ興味を持ちそうです」
    「嘘だろぉ〜……」
    「先輩、肝心なところで本能で行動する所は相変わらずですね」
    「あいつらにもさんざん治せって言われてた短所だよ〜。でも仕方ないでしょ。私はどちらかといえば小平太よりなんだから」
    「轟焦凍、でしたっけ?接触してきそうですね」
    「ああああ〜もう!」
    「………頑張ってください」

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