過去と忍びと今とヒーロー
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  • 二十六話

    「庄。お金は必要分置いておいたからね。冷蔵庫の中は肉、野菜、その他もろもろ十分に買っておいたから。足りなかったら連絡してくれればすぐに振り込むよ。何かあったらお祖父ちゃんに連絡するんだ。私に連絡してくれればすぐにでも戻るからね。嗚呼でも心配だ。やっぱり行くのやめよう」
    「何馬鹿なことを言っているんですか」

    とうとうやってきてしまった職場体験当日の朝。
    私がいない間、庄左ヱ門も学校には行かず家にいることになり、その間のことはしっかりと準備しておいた。それを前もって庄左ヱ門には伝えてあるが、最終確認として伝えるとどんどん心配が募っていく。やっぱり行くのをやめようかと告げると、庄左ヱ門は呆れたようにため息をついた。

    「ほら、もう行く時間でしょう?」
    「うぅ〜。庄と離れたくない。一週間も会えないなんて庄不足で死んでしまう」
    「それしきのことでは死にませんよ。大丈夫大丈夫」
    「庄〜……」

    最後に強く抱きしめると、ようやく離れる決心がついた。

    「……じゃあ、行ってくるね」
    「はい。お気を付けていってらっしゃい」

    頭を撫でて頬にキスをすると、庄左ヱ門は照れて僅かに頬を赤らめるが、満面の笑みで送り出してくれた。

    「……………やっぱり「先輩、いい加減にしてください」っ〜!行ってくる……」

    未練がましくドアを開いて振り返ると、庄左ヱ門が笑顔だが背後に黒いものを背負っていたので渋々と今度こそ家を出た。


    ________________

    帰りたい。
    駅について、この間届いたヒーローコスチュームを持ってクラスメイトたちと同じところに固まりながら既にそんなことを思った。

    「コスチューム持ったな。本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」
    「はーい!」
    「伸ばすな。『はい』だ芦戸。くれぐれも失礼のないように!じゃあ行け」

    相澤先生の言葉を皮切りに、次々と自分の行くヒーロー事務所に向けて電車や新幹線に向かっていく。
    私は大変不本意ながら、轟と同じところなので必然的に今隣にいることになる。本当ならばさっさと行きたいところだが、何故だか速度を落としても速めても隣に陣取ったままなので、もう諦めた。

    「俺達も行くか」
    「…………」

    無視して歩き始める。もうすでにほとんどの生徒は自分の行く場所に向かっていたので、ここにいるのは私と轟。そして相澤先生だけだ。

    「おい浅間……何ぶすくれてんだ」
    「ぶすくれていません」

    おかしい。表情は動いていないはず。無意識に動いたのかと手で確認しても動いていない。なのになんで相澤先生はわかるんだ?

    「まだ諦めてねぇのか…」
    「なんのことですか」
    「黒木のことだ。休む休む言い張って、そうじゃなきゃ一緒に連れていけと駄々こねてただろうが」
    「………駄々なんてこねていません。お願いしていたんです。校長先生もOKしかけてたのに……」
    「俺が許すわけねぇだろ。あとあんなもんお願いなんて言わねぇ。あえていうなら脅しだ」

    なんとか職場体験を休もうと直訴に行った。必死の説得に校長先生も私はヒーローになる訳ではなので渋々ながら許可を出してくれそうな雰囲気を出し始めた時、相澤先生が横から口を挟んできて許可しないの一点張りだった。そのまま気がつけば当日。

    「…………で、一体何の用ですか。そんなことを言うために引き止めたわけじゃないでしょう」
    「まあそうだが……お前、くれぐれも問題起こすなよ」
    「起こしませんよ。私をなんだと思っているんですか」
    「いや、お前絶対にエンデヴァーに喧嘩売るだろ」
    「いくら私だってTPOぐらい弁えています」
    「お前は無意識に喧嘩売っているんだよ」

    ため息をつかれた。解せない。

    「浅間。そろそろ行かねぇと」

    すると今まで後ろで大人しく立っていた轟が口を開いた。それに相澤先生はチラッと視線を移して、また私に戻す。

    「仲良くやっているようで安心したよ」
    「仲良く?先生の目は節穴ですか。こいつが勝手についてくるだけです」
    「………まあ、なんにせよ一週間同じところなんだ。仲良くな」

    そう言うと、軽く頭に手を乗せてから去っていく相澤先生。残ったのは轟と私だけ。
    ため息をつきたかったのだが、なんとか飲み込んだ私は庄左ヱ門に褒めて欲しい。

    「…………さっさと行こう」
    「!……ああ」

    もう面倒だしどうせ行き先は同じなのだからさっさと行こうと声をかけると、一瞬目を見開いて驚いたのか、少しの間を開けて返事をする轟。

    今度こそこみ上げてきた空気はため息となって外に出た。


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