過去と忍びと今とヒーロー
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  • 三十八話

    ***

    「いつか私たちも死んでしまうのだな」
    「当然だ。産まれてきた者が死ぬのは当然の摂理。その中でめいいっぱい足掻くんだろう」
    「いきなりそんなことを言い出すなんて、仙蔵らしくないじゃない」
    「そうだぞ。一体どうした」
    「………いや」

    崖の下には、死体。ボロボロの旗に武器。戦う人々。逃げ惑う人々。戦後に相応しい惨状が広がっていた。
    それを眺めながら、私たちは会話する。

    「ふと、思ったのだ。私達は忍びとして、彼ら以上に簡単に死ぬだろう」
    「………そう、だね。忍びの価値は犬畜生以下。それになる以上は、覚悟だって必要だ」
    「……………なぁ!約束しねぇか?」
    「………約束?」
    「いきなりどうした留三郎」

    ただでさえ暗い空気がさらに重くなると、留三郎がいきなり元気よく提案してきた。

    「俺達のうち、誰かが死んだら学園の裏の一番でかい桜の木に供え物を一つずつ持ち寄るんだ」
    「なんでそんな面倒なことをしなけりゃならねぇ」
    「うるせぇ文次郎!話は最後まで聞きやがれ!」
    「……落ち着け」
    「そうだぞ。留三郎も話すならさっさと話せ」

    留三郎と文次郎がいつもの喧嘩をし始めようとすると、珍しいことに小平太が続きを促した。

    「俺達は、いつ死ぬかわからねぇだろ?死体だって残るか分からねぇ。いや、むしろ誰かに死んだってことに気がついて貰えるかもわからない。墓なんて以ての外だ。
    だから、誰か一人でも死んだという報せを聞いたなら、あそこに供えよう。あそこを、俺達の墓にしようぜ!」

    聞き終わると、私達は何も言えなかった。反応を返さない私たちに焦ったのか、留三郎は慌て始めたが、その考えを脳が理解した途端。顔がにやける。

    「留三郎にしてはいい考えじゃねぇか」
    「んだと!!」
    「まあまあ。僕はいいと思うよ!」
    「ふむ。名案だな」
    「いけどんで皆に供えてやるぞ!」
    「………もそ」
    「いいわね。………皆の墓、か」

    死体も遺品も墓標も何も無い。それでも、あの大きな桜の木はずっと学園を見守り続けている。私達も、入学から見守られている。なら、下手な墓なんかよりもよっぽど私達の墓として相応しい。

    「あ、でもさ、もし全員死んじゃったり、誰も報せを知らなかったらどうするのよ」
    「うっ!?……その時は、その時だ!」
    「何よそれ。ふふふ」


    その約束は、一度も果たされることはなかったけれど。


    ***


    「____、」
    「___でください」
    「そ__こと言ってもな」
    「いいか__えって、__ださい
    「怪我人と子供だけを残すわけにはいかねぇだろ」
    「大丈夫です。先輩が起きる前にお帰りください」
    「心配だからな。せめて浅間が起きるまではいるぞ」
    「いいからさっさと帰れ」

    幼くて耳に残っている愛しい声と、低くて安心するような声が聞こえ、うっすらと目を開ける。
    最初に映ったのは見慣れた天井。家のベッドに寝ていた。

    「先輩?大丈夫ですか?」
    「………ああ。庄か」
    「どこか痛かったり気持ち悪かったりはしませんか?」
    「大丈夫だ。ありがとう……」

    起きたことに気がついた庄左ヱ門がピョコっと視界に入ってきて、心配そうに聞いてくる。リカバリーガールに治癒してもらって、もう残っているのは擦り傷程度だからほとんど痛みはない。耳もほぼ回復した。

    「…………本当に、大丈夫です?」
    「大丈夫だよ」
    「なら、なんで泣いているんですか」
    「え、」

    言われて、初めて自分が泣いていることに気がついた。頬に手を当てそこについてる水を呆然と見ていると、横で庄左ヱ門が心配そうに見ていることに気がつく。

    「ああ………いや、昔の夢を、見たんだ」
    「!」

    それ以上、庄左ヱ門は何も聞かない。ただ黙って手を握ってくれた。

    「起きたか」
    「え、なぜ相澤先生がこちらに……?」

    すると、庄左ヱ門と自分以外の声が聞こえそちらを向く。扉の所に立ち、こちらを見る相澤がいた。なぜ家にいるのだろうと疑問に思い質問すると、庄左ヱ門は顔を顰めた。

    「先輩が気絶してしまって、相澤先生に背負ってもらったんです。ですが、それから帰らず居座られています」
    「だから、怪我人と子供だけを残すわけにはいかねぇだろ」
    「必要ないと言っているんです」
    「落ち着け庄。相澤先生、ありがとうございます」
    「もう、体調はいいのか?」
    「まあ、大体は」
    「そうか。無理はしないように」

    近づき、軽く頭を撫でられる。その手を庄左ヱ門が叩き落とし、なぜだかまた二人は睨み合っていた。

    「少々先輩と近いんじゃないですか」
    「生徒を心配するのは当たり前だろうが」
    「だったら確認はしましたよね。もう遅いですからさっさとお帰りください」

    だからなんでそんなに仲が悪いんだ。

    「………仕方ねぇ。今日はもう帰るな」
    「さっさと帰れ」
    「庄。…はい。ありがとうございました」
    「試験の結果はすぐに出る」
    「…………林間学校でしたよね」
    「そうだな」
    「…………………休めは「できん」ですよね」

    林間学校に行く場合、また庄と長い間離れることになる。それは嫌で、だから試験に不合格になればいいんじゃないかと今更思い浮かび言ってみるが、言葉になる前に拒否された。
    項垂れていると、宥めるように庄左ヱ門が頭を撫でてくれる。
    思いついた。

    「なら庄も一緒に行こう!」
    「は?」
    「僕もですか?」
    「やっぱり家に一人は危ないし心配だからね」
    「駄目に決まってんだろ」
    「ですが先生。そもそも庄左ヱ門が雄英にいるのは個性が制御できないからです。林間学校とは個性を伸ばす訓練のはず。ならば庄左ヱ門も共に行き個性の訓練を受けるというのはどうでしょう!」

    ドヤ!と効果音が出てきそうなほど胸を張って言う浅間。その目は期待に輝いていて、いつもは見ない表情だ。年相応なその行動は可愛いし、愛でたいのを必死で我慢している現状だが、それを認めるわけにはいかない。
    確かに黒木は個性の制御を名目に雄英で預かっている。だが初日に浅間が言ってたように、何度か個性の訓練を行ってみても暴走することはなかった。

    《暴走の原因は心ですね》
    《心?》
    《はい。あの時は不安定でしたから、それを敏感に感じ取って暴走していたんでしょう》
    《なら今は安定しているってことか》

    その原因は黒木自身も理解しているし、恐らく浅間がいる限り暴走はもうしないだろう。
    それでもまだ黒木が普通の学校ではなく雄英にいるのは、上の方で何やら決め事が出来たからだ。それを俺達が知らされることはないが、個性の制御ができた今でも黒木は雄英預かりになっている。
    だから、懸念していた暴走は制御できるようになり、別に黒木を連れていく必要はない。

    「駄目だ。黒木は確かに雄英預かりだが、今回の林間学校は仮免取得に向けてのもの。ただでさえ多い人数をさらに増やすことはできんし、何よりも生徒ではないものを連れていくわけにはいかない」
    「…………」
    「むくれてんな」
    「むくれていません」

    そういって軽く笑いながら頭を撫でてくれる相澤先生。それを叩く庄左ヱ門。また二人の口喧嘩が始まった。それを眺めていると、眠気が襲ってきた。でも何故だか眠りたくなくて。まだその光景を見ていたくて。必死に眠気と戦っていると、それに気がついた庄左ヱ門が優しく撫でてくれる。

    「先輩。眠いのですか?」
    「……………ああ」
    「眠いなら寝ろ。そうした方が治るのも早い」
    「でも……もう少し」
    「大丈夫ですよ先輩。起きたらいないなんてことありませんから」
    「でも……」
    「お休みなさい」

    遮るように目の上に乗せられた手の平で視界は真っ暗にそまり、優しい声で抗う術もなくあっけなく眠りに落ちた。


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