プロローグ


思えば私のこれまでの人生は、やたらと芸術に事欠かなかった。

小さいころから本を読むのが好きで、それはアニメやゲームにはまった今も変わらない。……対象が二次創作になっただけで。

高校生になって、二年生のころに演劇部の手伝い? のようなこともさせられた。あの時は「なんで私がやらなきゃいけないんだ……」と思っていたけれど、あの演劇部のお陰で、私は舞台についても多少の知識を得た。

そして最たるは、音楽だろう。

私の幼馴染は、作曲が得意という稀有な人だった。

特に夢も希望もない現代っ子の私は、作曲家になるという目標を持つ幼馴染にあこがれ、彼の夢がかなうことを私の夢にした。幼稚園から中学まで、ずっと一緒。高校も一緒の予定だったんだけどなぁ。

「……ちゃん、……て」
「…………?」
「……起きて、千夜ちゃん!」

グラグラと揺さぶられ、パチッと目が覚めた。
起こしてくれたのは、当然他校生の幼馴染ではなく、クラスメイトの――

「咲也くん。あれ、まだ残ってたの?」
「うん。今日は千夜ちゃん日誌当番なの?」
「そうそう。何を書こうかと思ってるうちにぐっすり」

部活もしてない、気楽な帰宅部の身だと、ついこういう風に怠惰に過ごしがちだ。放課後、無人の教室でうたた寝とか恐ろしい。

普段の咲也くんならここで苦笑の一つでもはさむのだけれど、今日はなんだか様子が変だ。妙にそわそわと落ち着きなく、私の机の前で突っ立っている。

……何か話したいことがあるのかな?

「まぁまぁ、座りなよ咲也くん」
「え!?」
「今日は劇団に直帰してないってことは、何か相談でもあるんでしょ?」

咲也くんとは高校二年生の時からの友達だ。
ひとり、河原で演劇の練習をしていた彼をたまたま見かけた私が、当時手伝っていた演劇部のエースの言葉を思い出して彼に伝えたところ、その交流が何回か続いて仲良くなった。

三年生になって、彼がようやく念願の劇団に所属できたため、最近は放課後の河原での練習を見ることもなくなったけど。

「う、うん。実はそうなんだ。俺が入った劇団の名前、憶えてる?」
「もちろん! MANKAIカンパニーでしょ? 咲也くんが毎日嬉しそうに語ってるんだから、忘れるわけないよ!」

彼含めた五人のメンバーと、監督さんとで作り上げる千秋楽。劇団が抱える多額の借金、インテリヤクザ、毎日がカレー……などなど。

驚きの連続って感じの日々を過ごしている咲也くん、私が見る限りじゃ楽しそうだと思ったんだけど……何かあったのかな?

「覚えててくれたんだ……じゃあ、じゃあさっ」

椅子に逆向きに座って、咲也くんがずいっと顔を寄せてきた。
そして超、神妙な顔つきで。

「お願い! 俺たちの劇団の、マネージャーになって!」

なんて、非日常的ワードと共に、私の机にダイナミックに額をぶつけて頭を下げたのだった。

「……え?」

ごつん、と響いた音は、幕開けの鐘にも似て。

遅咲きのフルール



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