不器用な優しさ



午前中からお昼までは暖かかったのが、午後から夕方にかけて冷え込んだ、とある日。

あの方からの命令で、任務に出ていたジンとキティだったのだが…。

任務を終えたのが夕方で、潜伏していた建物内から出ると、予想以上に冷えた空気に触れた。


『ふぇ……、っくちん!』


偶々、薄着だった彼女は、思わずくしゃみをしてしまう。

温度差に反応しての事であった。

そんな彼女の様子を見たジンは、鼻で笑い、嘲笑とも取れる言葉を投げ掛けた。


「フン…ッ、随分と可愛らしいくしゃみじゃねェーか。」
『むぅ…っ。う、うるさいな!温度差に弱くて悪かったね!女なんだからしょうがないだろ!?』
「ハッ、それでも組織の一員かよ。」
『チ…ッ、一々癪に障る奴だねぇ…っ。……にしても、今日はこんなに冷える予報だったっけ…?もう少し厚着してくるんだったなぁ…。』
「………。」


任務が終了し、車に戻ると、すぐさま任務完了の報告を入れる。

その後、互いに何も喋る事は無く、滞在先のホテルへと戻った。

ホテルの駐車場から泊まっている部屋へと戻る最中、不意にジンから呼び掛けられた。


「おい、キティ。」
『あ…?何だよ。私、寒いからさっさと部屋に戻りたいんだけど?』
「…そんなに寒いんなら、俺のコートの中に入れば良いだろう。」
『……………は?』


ぶっきらぼうに言い放つ彼の表情は変わらない。

いつも思うのだが、彼の思い描く意図というものは全く読めない。


『…………。』
「オイ、聞いてんのか?」
『いや、聞いてるよ。』


彼から言われた言葉の意味を理解するのに暫くフリーズしていると、不機嫌気味な声で再び声をかけられる。


『今、その真っ黒季節感無視のロングコートの中に入るか、って訊かれたような気がするんだけど…私の気のせいかな?』
「ァ゙ア゙?テメェ、喧嘩売ってんのか。」
『いやいや、アンタみたいなヤバ過ぎる奴に喧嘩なんか売る訳無いだろ!?寧ろ、自殺行為じゃん!!』
「分かってんじゃねェーか。」


何なんだ、コイツ…。

一体、どういう風の吹き回しだと言うんだろうか。

そんな風に勘繰っていると、急かすような物言いで彼が再び口を開いた。


「…で、どっちなんだよテメェは?」
『は…?何が?』
「だから、入るのか入らねぇのかって訊いてんだろうがっ。」
『………冗談だろ?』
「ぁあ゙ン?」
『アンタさ…自分が何言ってんのか分かってる?』
「だからさっきから言ってるじゃねぇか。…さっさと答えろ。」
『え…、ちょっと待って。アンタ、本当にあのジン…?偽物じゃないよね?』
「テメェ…良い加減にしねぇと、その頭に鉛玉ぶち込むぞ。」
『いや、マジで驚いてるだけなんだって…っ!!他意は無い…!!』


冗談抜きのガチで愛用銃のベレッタを突き付けられそうになり、慌てて弁明する。

焦った様子の彼女を見るや否や、溜め息を漏らし、懐に掛けていた手を下ろした彼。

それに安堵したのも束の間。

唐突に身体を引き寄せられ、彼の胸に顔面をぶつける。


『ッ……!!イッタァ…ッ!?』


思い切りぶつけた鼻の頭を擦り、徐に顔を上げると、そこには彼の顔のドアップ。


『ぅお……ッ!?』


思わず仰け反りかけたが、仰け反り切る前に彼に腕を引っ張られ、コートの中へと引き込まれた。

すると、彼の纏う衣服やコートからの強烈な煙草臭が鼻を突いて、呼吸が詰まった。


『ぅ゙ぐ…っ!?煙草臭っ!!アンタ、どんだけヘビースモーカーなんだよ!?匂い強烈過ぎるだろ!!』


次いで顔を顰め、空いた手で鼻を覆うと、上から愉快そうに笑んだ声が降ってきた。


「ふん…っ。素直に感謝するんだな、キティ。」
『別に、アンタに温めてくれとか頼んだ覚えは無いんだけど…?』
「お前、黙って中に居る事は出来ねぇのか?」
『だって、煙草臭過ぎて鼻曲がりそうなんだもん。』
「…それ以上余計な事抜かすと、本当に撃つぞ。」
『ハイ、スミマセンデシタ。申シ訳ゴザイマセン。』
「……フン…ッ。最初から、そうやって大人しくしてりゃあ良いんだよ。」


強引な流れで彼のコート内に身を包んだまま、連れ立ってホテルへ入る。

部屋に帰宅後、留守番をしていたウォッカから奇異の目で見られた。


「あ、兄貴にキティ!お帰りなせぇ………って、何やってるんスか…?」
「あ?何でもねぇよ。」
『……………。』


そら見た事か、という風な体で胡乱気な視線を投げ掛けたキティであったが、彼の珍しい気遣いと不器用な優しさに触れて。

偶には、彼を見直してやっても良いのかな…と思うのだった。


執筆日:2016.06.25
加筆修正日:2020.05.15

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