Cry for the moon | |
―――。 ―――――。 「……………。」 どのくらい眠っていたのだろうか…。 ふと、何かの気配を感じて目を覚ました夢衣。 ゆっくりと浮上する意識。 そして、ぼんやりとした頭で薄く目を開いた。 すると、がち合った視線。 ゆったりとした動きで瞬きをした。 「―やぁ、目が覚めたかい…?」 寝惚けた頭にぼんやりとしていると、目の前の人物は話しかけてきた。 その人物は、幼い容姿をした少年だった。 こちらをじっと見つめている。 緩慢な動きで瞬きをする。 再び、眠りに落ちかけそうになったところで。 「…ねぇ、僕の声聞こえてる…?」 少年に右肩を軽く叩かれ、そこで漸く意識を覚醒させた。 『ぅ゙…ん…っ!?な、な…に……?』 いつの間にか壁側にもたげていた頭と身体を起こし、目を擦りながら顔を上げ、少年に問う。 「良かった、目を覚まして。」 『………?』 まだ半分寝惚けている夢衣は、少年の言っている意味が解らず、首を傾げた。 「もし目を覚まさなかったら、どうしようかと思ってたんだけど…無事に目が覚めたみたいだね。良かった…。」 少年は心配そうに眉を下げていたが、安心したのか、笑いかけ、彼女の頬へと触れた。 彼は、まるで牢獄に閉じ込められた囚人のような服を身に付けていた。 そんな服装であるのに、人懐こそうな笑みを浮かべ、不思議な雰囲気を纏っている。 段々と思考が動き出し、夢衣は少年を見つめていた双眸を見開いた。 何故ならば、彼女は彼を知っていたからである。 今、目の前にいるこの少年は、ペルソナ3、通称P3と呼ばれる作品に登場するキャラクター…ファルロス。 所謂、二次元の世界の住人である。 ゲームの中の彼は、物語前半では、主人公のキタローに対し、これから起きるであろう出来事への忠告とも取れる発言をしたりなど、度々キタローの前に姿を現していた。 物語後半では、望月綾時という姿でキタローのクラスに転校してくる。 そして、背負った運命により、キタロー達へと重大な選択を迫る…、という感じだった筈だ。 そんな逢える筈もない、出逢える事を夢にも思わなかった彼が、今、目の前にいる。 目にした現状は把握したが、幾ら考えても非現実的過ぎて、現実的に受け入れられず、混乱してしまった夢衣。 ―何故、彼がいるのか。 どうして、此処にいるのか。 そして、何故、自分の目の前にいるのか。 疑問は尽きない程頭に浮かび、思考を埋め尽くしていく。 …だからなのか。 考えに集中していて、彼が話しかけていた事に全く気付けていなかった。 「…、…。えっと…、僕の話、聞いてる…?」 『へ…?あ…っ、ご、ごめんなさい!!つい…っ。』 「ふふ…っ。まぁ、突然の事だし、驚いても無理はないよ。大丈夫?付いてこれてる…?」 『えっ、と…スミマセン、全クツイテコレテナイデス。ごめんなさい…。てか、さっきの話聞いてませんでした。もう一回、お願いします…。』 彼を見つめたまま固まっていると、トントンッと肩を叩かれ、現実に意識を引き戻された夢衣。 漸く我に返り、今しがたの話をもう一度聞こうと聞き返す。 そんな彼女の様子を見て、ファルロスは小さく笑った。 未だ混乱した頭だが、状況を呑み込むため、話を促す。 「じゃあ、もう一度一から話すね…?既に僕の事は知ってるとは思うけど、一応自己紹介をしておくよ。僕は、ファルロス。君の力を借りたくて、異世界であるこの世界まで逢いに来たんだ。」 彼は、彼女の向かい側にある席に座っている。 列車内は不気味な暗さで、彼と自分以外の者は誰一人としていない。 窓の外を見てみるも、景色は真っ暗で、何も見えない。 列車が進んでいるのか止まっているのかは不明で、此処が何処なのか解らなくなる感覚に陥る。 そんな異様な空間にいても、何故か、不思議と恐いという感情は浮かばなかった。 夢衣は、改めて彼を見た。 「此処に連れてこられた理由を…君は、何となく理解してるだろうけど、敢えて言うね。実は、君の知るあの世界で…再び、滅びがやって来ようとしてるんだ。」 少し目を伏せて、悲しげに告げるファルロス。 「“彼”が犠牲になって護ったあの世界に…、封じた筈の大切な世界に。また…滅びが訪れようとしてる。“彼”は、今も尚、あの場所で守り続けているというのに…。」 苦しげにそう呟いた彼は、胸に手を当て、俯いた。 彼女も、ゲーム自体をプレイした事は無いが、P4共にP3の内容を知っているだけに暗い影を落とした。 「同じ事が繰り返し起きれば、悲しむ人が生まれるし、何より…大切な人達がまた苦しむ事になる。そんなのは、もう嫌だ…!あんな辛い事が、もう一度起きてしまうのは…っ。だけど、滅びは避ける事は出来ないし、知らないうちに…今、こうしているうちにも、再び世界を覆い尽くそうとやって来ようとしている。倒す事なんて無理だし、そんなの不可能だ。もし、倒そうとするのなら、また…“彼”がやったように、扉を封印しなくてはならなくなる。以前の僕は、ただ助言を与えるだけで、何も出来ずに成り行きを眺めているだけだった。でも、今度も同じように繰り返すなんて出来ない。ただ眺めてるだけで、事を見過ごすなんて、しない…。させたくない。これ以上、“彼”が護った、大好きな世界を壊されるのは、耐えられない…!」 顔を歪め、瞳に涙を滲ませる彼は、必死に何かを堪えるように肩を震わせた。 彼の心情を察した夢衣は心配になり、慰めようと彼の隣へ移動し、頭を撫でてやる。 「…ありがとう。君の方が不安でいっぱいな筈なのに、ごめんね。心配かけちゃって…。」 『ううん、謝らないで…?ファルロスは、何も悪くない。不安なのは一緒だよ。』 ちょっとの間、優しく頭を撫で続けると、少しだけ元気を取り戻したようで。 出逢って最初に浮かべていた微笑みを見せた。 top |