12.鍵のかかる音
「さ、どうぞ」
「………」
半ば腕を強引に掴まれ、マンションの最上階の部屋に連れ込まれた。
ここに入ることを少しでも拒もうとして、わたしの肩を抱こうとする総司さんの手を振り払っていたら、最終的に自分の腕を掴まれてしまった。
これでは本当に、囚人扱いだ。
玄関の戸が閉められ、ガチ、ガチッとダブルロックの音が耳に入ったと同時に抵抗を諦めた。
今のわたしでは、ここから逃げられない事は確実だからだ。
まだ、新しいマンションなのだろうか…。
あちこちから新築の木の香りが漂っている。
靴を脱ぎ、招かれたリビングに入って、奥の革張りのソファに座らされた。
「コーヒー用意するね。待ってて」
真っ黒なソファはそれだけでも高圧的で、ゆったと座り心地がいいはずのものなのに、リラックスなんて出来ずわたしはただただ口を真一文字に閉じて、膝の上においた拳を握りしめるしかできない。
そんなわたしと正反対の表情をした総司さんは、キッチンがあるのであろう部屋へ消えていった。
怪我をした足が恨めしい。
視線を下に降ろし、未だ包帯を厚く巻かれた足首を睨みつける。
わたしをここまで無理やり連れてきたことを考えると、やっぱりわたしの意思や気持ちに関係なく結婚の話を進めるつもりだろう。
どうにかここから出ることを考えないと、逃げなくては。
ここまで自分を踏みにじる人と結婚なんてして、子供まで作らされてしまったら、絶対に逃げられなくなる。
自分の考えたことにゾッとしながら、傍らにおいた自分のバッグに手を伸ばし、中を覗いた。
財布とカードさえあれば、なんとかなるだろう。
カチャカチャと陶器のぶつかる音が聞こえなくなった。
もうすぐ彼はこのリビングにやってくるだろう。
「はい。どうぞ」
「ありがとうございます…」
ミルクと砂糖がひとつづつ、ソーサーに添えられている。
正直言って、コーヒーは苦手。だけど、あえてわたしはブラックのままのものを口にした。
苦さと熱さに顔をしかめれば、クスリと笑い声がきこえる。
「無理しなくてもいいのに。ぼく、ユイちゃんがブラック飲んだところなんて、見たことないよ?」
「……っ」
その言葉にハッとして顔を上げる。
どうしたの?と首を傾げられたけれど、何も言えなくて慌てて目を逸らした。
「…………」
総司さんは、わたしがブラックなんて飲まないのを知っている。
当たり前だけど、ちゃんとわたしの、ほんの少しの事を知っている。
「どうしたの?そんな驚いた顔して」
「…っ、いえ」
わたしは、総司さんに何を求めていたんだろう。総司さんの中に、なにかまだあの中庭で見せてくれた優しさがあるんじゃないかと…
探している…?
この人にも、どこかに優しさがないか、いつかわたしの心が…気持ちが伝わるんじゃないか、探している…?
自分の中で何かがまたひとつ生まれた。それはインクのシミのようなものじゃなく、クリアになっていった先に見えた何かだ。
カップをソーサーに戻し、自分のバッグを膝の上に乗せて、持ち手をぎゅっと握りしめた。
部屋を占拠する沈黙に耐えるには、そうするしか術が見つからないからだ。
それが分かってかなんて、わからないけれど。
総司さんはふふ。とまた笑みを零した。
「そうそう。ユイちゃんに見てほしいものがあるんだ!」
「…?」
頬をほころばせた総司さんが、わたしと同じようにソーサーにカップを置き、立ち上がって正面にある引き戸の方へ向かった。
「これだよ」
「……っ!!」
カラカラと軽い音を立てて引かれた扉の、その先にある物に
わたしは、目を見張った。
「………っ」
「驚いた?」
開けられた引き戸の向こう。リビングにおいてあるソファから、一番眺めのいい場所。
何も無い部屋。その部屋の真ん中に。
─ウェディングドレスが飾ってあるからだ。
そのウェディングドレスは、裾が大きく広がり、シルクサテン地の真っ白なドレス部分に、レースで出来た生成りの淡い色合いの花で飾られ、パールやスワロフスキーの小さな粒がふんだんにあしらわれていた。
気が引けてしまうほどきらきらと光る豪華絢爛なドレスに、わたしは震え上がった。
「ユイちゃんが着るんだよ」
「……っ!」
「きれいでしょう? 僕が、選んだんだ」
「……ゃ…」
やっぱり、違う…。
こんなドレス、わたしは、着たくない。このドレスを着させられ、この人の隣に並ぶなんて、考えたくもない。
「楽しみだなぁ」
「……わ、たし…」
言葉が詰まって出てこない。“ いや ”という言葉を発したいのに。心臓が、またバカみたく暴れだしていうことを聞かない。
ただ、首を横に振って身を縮こませることしか出来なかった。
その姿を、総司さんがどんな顔で見ていたかなんて……
わたしは、知らない…。
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2016/01/25
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