19.温もり

*「………っ!」


ふわりと空気が動いて白い雪が舞う。
暖かくふわりと包まれて、視界に入ったのは街灯の灯りを縁取った濃紺の髪と見慣れた角度の肩口。

優しく、だけど力強く私を抱き寄せるその腕も

私の髪を撫でるその手のひらも

満たされる心地にさせてくれるその香りも

触れ合う唇の柔らかさも


何もかもが変わらない…!


初めて、私にキスをした日から変わらない…。

何も、何一つも変わっていない。


「………一君…っ!」


あの壊れた日のことを考えれば、一君に聞きたいことはたくさんある。
総司くんから聞かされた話だってある。

だけどだけど、そんなものはいい、今はいい。

手のひらに感じる一君のぬくもりを、もう手放したくない。

頬に触れる一君の胸元から離れたくない。

少しだって、隙間なんか作りたくない…!


「……ユイ、」
「…………っ。」


涙ばかりが溢れて、声が出せない。
私の名を、一君がまた呼んでくれているだけでもう幸せで幸せで。

みっともないほどに泣きじゃくって
会えなかった時を埋めるように、私は何度も一君の名を呼んだ。


夢見心地のまま抱き合って、何度もキスをを交わす。

一君が私の涙を、いつかのように掬う。
だけどいつかと違うのは、その後のキス。

涙の跡にそって這う一君の唇は、甘い果実を味わうような優しさでそっと、そっと触れてくる。


「んっ……」
「ユイ……」


何度も優しく食まれて、私はだんだん熱を持って蕩けていく。
会えなくて冷えきって氷のようになった心は融解を始め、人としての温もりを取り戻した。

吐き出される白い吐息を絡ませて抱きしめ合って
体温を分けあって。
私はうっとりと瞳を閉じた。



「行こう」
「………、?」


どこへ? なんて聞けない。
私はもう、あなたへの返事は『はい』しかしてはいけない。

でないとまた一君が何処かへ行ってしまいそうだから…。


「……うん」


手を引かれて大通りへと出る。


「タク、シー…?」
「ああ」


タクシーには苦い思い出しかない。

だけど今は違うんだ。
隣に一君がいる。

運転席の後側に座って、一君が隣りに座って…

指と指を絡めて私の手を握る。

今までこんなふうに手を繋いだことが無かったから、嬉しいと感じる前に少し戸惑ってしまった。


「出してくれ」
「はい」
「……………」


何処へ、行くんだろう…。

もう、何処だっていい…。


隣に一君がいればいい。
戻って来てくれただけで、それだけでいい。

一君の手のひらを握り返す。
そうすれば一君はこっちを見てくれる。

それだけで幸せで、満たされて、また一君と触れ合いたいという気持が溢れ出す。

ふと、これは夢なんじゃないか?と不安になって
こっそりと開いている方の手で自分を抓ろうとして腕を上げれば

カサリ、とプラスチックビニールの袋が音を鳴らす。

さっきまでコンビニにいたんだ。
その買い物袋が音を鳴らした。


「……」


やっぱり、夢じゃないんだ。
買ったものもちゃんと覚えてるし、その後立ち読みもしたし…。

リアルなものが手元にある。
やっぱり夢なんかじゃない…。


「…どうした?」
「…っ、ううん、……」


少し落ち着きをなくした私に一君が問う。
でもその声色は私をいたわるように優しく響く。


「…………もしかしたら夢、なんじゃないかと思ってね…」
「夢……?何故夢だと…」
「……、嬉しくて…。また、会えるなんて思ってなかったから」
「…………夢などでは無い…」


そう言って私の手を握る指に力が込められる。

“こうして触れ合っているだろう”

その力強さに、また胸が喜びにあふれて
きゅう、と切なくなって苦しいのに幸福感に満たされていく。

私に向けられる、一君の微笑み。

ふわふわとした気持ちに包まれたたまま、私達を乗せたタクシーは目的地へと向かってゆく。

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