「澤村さんや、今週の日曜日はお暇ですかね」

昼休み、気持ち悪い笑みを浮かべた名字が変な口調で話しかけてきた。こういうときは、大抵俺に頼みがある。付き合いが三年にもなれば、自然と覚えた。


「15時以降ならお暇ですが」
「買い物付き合ってください!!」
「俺以外にも友達いるだろ」
「弟の誕プレなんだよ〜男物の店に一人で入りたくないんだよ〜」
「弟と一緒に行けばいいじゃん」
「そしたら意味ないでしょお!!」

ね〜大地〜と机にしがみつく名字に諦める気配はない。

「お願いしますよお。わたしには大地しかいないんですよお」
「…………ラーメンな」
「キャーッもちろんですとも!!ありがとう大地大好きだ!!」
「はいはい。さっさと席戻れよ」

いつもこうだ。最後は名字に従ってしまう。大好き、なんて簡単に言うなっつの。


ああ、ゆるむ口元はおさえられそうにない。




・ ・ ・



日曜日。部活が終わって部室で着替えていると、いきなり扉が勢いよく開いてモップがけをしているはずの日向が飛び込んできた。

「だっだだだ大地しゃんっあのっか、きゃっかきゃのじょさんがっ」
「うん?とりあえず落ち着け」

噛みまくりでろくに聞き取れなかった。もう一度聞くために日向に近寄ると、駅で待っているはずの名字が現れた。

「おつかれ〜」
「……なんでいんの?」
「やー、間違えて学校行きのバス乗っちゃってさー。乗りかえてたら間に合わないから、どうせなら学校から一緒に行けばいいやと思って」

クセって怖いねぇ、なんてへらへら笑う名字。男の部室をいきなり覗くなと言いたかったけれど、どうせ通じないのでやめた。

「私服で学校って……教頭にバレたらどうすんだ」
「どうしようねぇ」

またへらりと笑う名字の額を軽く叩いて、外で待たせる。日向には体育館に戻るように言った。さすがに女子を部室の中にいれるわけにはいかない。


「大地、これから名字とデート?」
「あー、なんか買いたいものあるらしくて」
「えっいつの間に付き合ってたんだ!?」

旭が驚いたように声をあげる。スガも旭も名字とは仲が良い。

「付き合ってはねぇよ」
「でもスガがデートって」
「男女が二人で出かけるならそれはデートだべ」
「そ、そうなのか……」
「手ぇ繋いで歩くんだろ?」
「付き合ってないのに!?」
「最近はそれが普通なんだよ、旭」

スガの言葉を真に受けて、知らなかった……とつぶやく馬鹿正直な旭を横目に、おつかれと言って部室を出る。

と、なぜか名字と田中と西谷が楽しげに話していた。二年とは面識がないはずなのに、なんでだ。

「あ、大地」
「大地さん!?」

俺が来るとなにか不都合でもあるのか、田中と西谷は鬼でも見るみたいな反応をした。


「名字、行くぞ」
「はーい。じゃあねー、田中くん西谷くん」
「は、はいっ」
「さようならっ」

笑顔で手を振る名字。それに顔を赤くして二人が応える。それがなんか気に入らなくて、顔のあたりで揺れている小さな右手を俺の左手でさらった。

「おん?」
「バス乗り遅れる」
「ああ、うん」
「なに話してたの」
「んー、いろいろ。あ、美人って言われたんだーんふふ」

にやにやと笑う唇が腹立たしい。俺には話せないなにかがあの二人とあったのか。美人なんて清水にだって言ってる。そんなんで喜んでんじゃねぇよ。

「ところで澤村さんや」
「なに」
「なんで怒ってるんですか」
「……別に怒ってねぇよ」
「あ、大地の悪口は言ってないよ?」
「ちっげーよ」

秋と冬の混じった風が吹いて、周りの木々がざわめいた。むかつきはどうにもおさまらなくて、歩調を速める。

「ちょ、大地」
「他の男と話してんじゃねぇよ」
「ん?」
「今から俺と出かけるのに」

ああみっともない。こんな権利ないのに、独占欲丸出しの言葉たちはつらつらと舌をすべる。


「んーと……よくわかんないけど、こっちよりこっちがいいな」

そう言って、俺の手をするりと抜けたかと思ったら、二人の指を絡めてふわりと笑った。


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