センターが終わって、三年生は自宅学習になった。本命私大の受験日を三週間後に控え、一日のほとんどを椅子の上で過ごしていたわたしはすっかり忘れていたのだ。受験と同じくらい大切な日を。



「誕生日……」

壁にかけられたシンプルなカレンダーを見て、たった今覚えた英単語が口から出ていくかと思った。黒い27という数字についた花マルは、試験日でも登校日でもない。大好きな彼氏の誕生日だ。

「ちょ、え、もうそんな日!?」

日付の感覚がなくなっていたのだろうか。どうしようどうしよう。あ、電話。電話しなきゃ。焦ってスマホを探すが見つからない。どこに置いたんだっけ。ぐるぐると狭い部屋を見渡したら積み重なった参考書に足をぶつけた。痛い。けどそんな場合じゃない。

「スマホちゃあん!?」

叫んでみても見つかるわけなくて、ヤケになったわたしはドア辺りに散らかった服の山を手当たり次第めくってみる。あった。なんでこんなとこにとか、考えたいことはいっぱいあるけど今はとにかく電話。緑色のアイコンをタップして、は行までスクロールして、その名前に親指で触れて、一度だけ深呼吸して、現れた数字の羅列にまた触れる。プルルルル、と機械的な音に心臓の鼓動が速くなった。

「もしもし?」

数回のコール音のあと、鼓膜を叩いたのは綺麗なテノール。久しぶりのそれに、喉が震えた。電話の声と普段の声とのギャップにはいつまで経っても慣れない。

「は、花巻!?」
「ん?」
「あの、ごめんなさい……!!」
「んん?なに、いきなり」
「たんじょうび……」
「ああ、大丈夫だよ。受験もうすぐだろ?」

たった一言ですべてを察してくれる花巻は優しい。ごめんね、ともう一度謝れば気にすんなって笑ってくれる。

「お誕生日おめでとうございました……」
「はい、ありがとうございます」
「なにか欲しいものありますか」
「シューズ」
「お高い……!!」
「ジョーダンだよ」

電話の向こうで意地悪く唇を歪めた花巻が簡単に想像できる。シューズは無理だけど、練習用のTシャツとかタオルはどうだろう。バレーをするために大学を決めた花巻にはぴったりかもしれない。何色にしようか、なんて考えていると不意に花巻がわたしを呼んだ。

「プレゼントは受験会場に名前を迎えに行く権利がいいな」
「……うえ?」
「だめ?」
「だっだめじゃない!!嬉しい!!」
「ん、じゃあよろしく」

勉強頑張って。その一言を合図に通話は切れた。深く息を吸うとなんだか体中が暖かくなる。あと三週間。笑顔で彼に会おう。


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