たった2年、されど2年。一年生と三年生の壁は厚い。あと2年早く産まれていれば、こんなに悩むことはなかったのだろうか。



「国見……あきらくん?」

不安そうにこちらを見た彼女に、小さく頷いた。その日は青城バレー部での初練習で、マネージャーだというその人は、新入部員全員の名前を確認するのが通例らしい。

一瞬黙った先輩に、あきらです、と言おうと口を開いた。けれどそれは音になることはなく、代わりに聞こえたのは彼女の唇からこぼれたソプラノ。

読まれにくい自分の名前を間違えることなく読んでくれた、ただそれだけのことなのに心臓はやけにうるさかったのを覚えている。


・ ・ ・


「名字先輩、なにやってるんですか」
「いやあ……ついうっかり」

えへへ、と頬を染めて笑う先輩の周りにはたくさんのアルファベットが並んだプリント。英語の教材らしいそれは、先輩が転んだことを語るように廊下に散らばっている。

「先輩、そろそろぬけてる自覚持ったほうがいいですよ」
「ぬけてないよ、今日はたまたまこけただけだよ」
「あーソーデスネ」

四つんばいのまま話す先輩に手を差し出すと、国見くんは紳士だねぇと笑う。小さな手が俺の手に触れる、それだけで全身が熱くなるんだから俺は単純だ。

「先輩ひとりで運んでたんですか?」
「うん。一緒に当番やってた子が早退しちゃってね」

よいしょー、と年寄りくさい声をあげてプリントを拾い始める先輩を手伝うため俺も腰を折る。手にとった紙は一年の俺には理解できない単語が羅列していて、なんとなく悲しい。


あの日、俺の名前を間違えることなく呼んだのは及川先輩のおかげだと、名字先輩は言った。「及川から何度か話聞いてて、試合も見に行ったことあるんだ。だからだよ。もし国見くんのこと知らなかったら、えいくんとか呼んでたかもしれない」。へらりと笑うその唇に、悔しさを覚えた理由は未だわからない。

けれど恋心を抱いたのは確かで、気付けば焦げ茶色の髪が視界にあるし、話せば心拍数があがる。重症だ。


「先輩、集め終わりました」
「ありがとー!!国見くんはいい子だねぇ」

左手だけでプリントを持つ先輩は、満面の笑みで俺の頭を撫でようとして、諦めた。代わりなのか、二の腕をさすられる。

「ふはっ」
「笑わないでよっ。国見くんが大きいせいだからね!?」
「それは、スミマセン」

180センチめ……と悔しそうな目を向ける先輩をかわいいと言わずしてなんと言う。拾ったばかりのプリントを放って抱きしめかけた腕を抑えるように脚を動かした。

「えっ、どこ行くの?」
「先輩のクラスですけど」
「一人で運べるから大丈夫だよ」
「また転んだらどうするんですか」
「もう平気ですう」

唇を尖らせて不機嫌を露わにする先輩には構わず廊下を進んだ。


後輩ではなく、一人の男として見られる日がくればいいのに。


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