指に刻みこまれた動きで液晶をタップして、彼を呼び出した。
五回目のコール音がぶつりと切れて、眠そうな一の声に問いかける。
「ねぇ、ひま?」
・ ・ ・
「今何時だと思ってんだ」
ブランコに座るあたしを見下ろす一は、ジャージの上にダウンを着てさらにマフラーまでしている。もこもこしてて動きにくそう。
「1時ぐらい?」
「2時だボケ」
ボケなんてひどいなあ。仮にも彼女なのに。
「そーりー」
「はあ……。いつからここにいんだよ」
「12時前とか」
「おっまえ……まあいいや。とりあえずこれ着ろ」
呆れたようなため息を吐いて、一は黒いダウンを脱いであたしの肩にかけた。下着屋さんで買ったもこもこの白い部屋着は、それなりに暖かいんだけど。
「一が寒いじゃん」
「俺は平気」
「あ、じゃあここおいで」
はい、と両腕を広げてみせる。抱っこすれば寒くないよ。そう言えば、またため息を吐いた。
「そういうのは男がやるもんだろ」
今度は一が腕を広げる番だった。満月に照らされた顔は少しだけ赤い。きっと恥ずかしいんだろうなって思いながら、ブランコから立ち上がって太い首に腕を絡めた。
「一はあったかいね」
「名前は冷たすぎ」
「心があったかいからね」
「それ手だろ」
不意に、体が浮いた。一に抱っこされたんだってわかったときには、もう膝の上。さっきまであたしがいたブランコは、一の場所になってる。
「なんかえろっちいね、この格好」
「るっせ。立ってるより楽だろ」
「ふふふ、一のむっつり〜」
「落とすぞ」
「やだあ」
怖がるふりをして、一の首に顔をうめた。ふわふわと一の匂いがして、鼻の奥がつんとする。
「……なにがあったか、聞いてもいいか」
「……ん」
大きな手のひらが、髪を撫でた。まるで魔法だ。たったそれだけで、あたしの涙腺は壊れてしまう。
「あのね、離婚、決まったって」
「……そっか」
「どっちについてくかは、あたしが決めるんだって」
「うん」
「それってさあ、二人ともあたしがいらないってことなのかな。あたしは、捨てられたのかなあ」
「ちげぇよ」
優しくて力強い声が、耳朶に触れる。
「はじめは、捨てないでね」
「捨てねぇよ。俺は名前の傍にずっといる。名前がいなくなったら死ぬから、俺」
「ふ、あたしも」
一に呼吸を奪われた。このまま死ねたらきっと一生ふたりぼっち。それはすごく、幸せだなあ。
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