湿度の高い関係性
だからさあ、と天童くんは続けた。私はうんと相槌をしながらただ話を聞いていた。あれ部活は?なんて愚問過ぎて、もうきかなかった。

「何好きなの?」
「は?」
「待って。聞いてなかったでしょ?」
「聞いてた聞いてた。アンパンの話」
「うんしてないそれ」

ぎゃあぎゃあとうるさいギャルの筒抜けの話が聞こえる。私とは程遠い彼女達を横目で見ながら、不服そうな天童くんにごめんとだけ言った。屋上は鼻がツンとするくらいには寒い。あとから来た天童くんは、何食わぬ顔で自分のつけていたマフラーを私に掛けたのでちょっとだけびっくりした。それでも、天童くんはいつも通り飄々としているので私も真似をしてどうでもないふりをした。

「あーえっとなんだっけ」
「えもう1回言わせるの」
「だって、聞いてなかったもん」
「はー聞いてないってさあー」
「だからごめんって言ったじゃーん」
「ではもう1度言います」
「はい」
「お前五色のこと好きなの」
「…は?!」
「…んだよやっぱり嘘かよー」
「え待って詳しくその話」

がくん、と項垂れた天童くんと視線をフェンスから天童くんに向き直した私。五色君はバレー部で1年唯一のスタメンの子だ。全然接点は無いけど、天童くんとテスト期間中に一緒に帰る約束をしていた時、体育館に寄った天童くんを待っていると五色君がやって来てすごい勢いで話をされて、それからちょこちょこ喋るようになった。太い眉毛と滲み出す自分のポテンシャルの強さが面白いなあといつも思う。止まらない会話は、いつも天童くんが遮断してくれてはじめて終わりをみる。

「なんか、あいつがなまえちゃんからチョコ貰うーって言ってなんか、がちゃがちゃしてた」
「あ、それは言ったかも」
「お前言ってんのかよー」
「だって食べたいって言ってたから」
「そしたらお前、鍛治君にもチョコあげるの?!」
「え、と鷲匠先生のこと?鍛治君とは」
「そ」
「あげないよ」
「じゃあその理由は通用しません」

今日の天童くんはいつもと少し違う。なんというかいつもより人間っぽい。心の中を透かして見られてるような独特の緊張感が今日はあんまりなくて、大きなジト目で見つめられるのも苦ではない。マフラーから感じる天童くんを思わず大きく吸い込んでしまう。

「てかさ、」
「うん」
「作るならオレだけにしてよ」
「はい?」
「俺だけに、チョコちょうだい」
「それって友チョコにならなくない?」
「うんそうしたいんだけど」
「…え」

それってさ、え。天童くんは何も言わずに代わりにもう1度私を見ていた。感じていた違和感が全部一つに繋がったような感覚に、どきっとした。どきっとしすぎて心臓がおかしな音を立てている。しらばっくれるなんていう技術もない私は、熱を感じる頬をどうすればいいというのだろうか。

「分かった?なまえちゃん馬鹿だから、分かる?」
「わわ、分かった、?」
「で、いい?」
「ん?」
「なまえちゃん貰っちゃっていいーですかあ?」

後ずさりしたら、マフラーを掴まれて距離を縮められた。もしかしてこれって作戦だったのなんて言えず、されるがまま私と天童くんは今までにないくらい近い距離を保たれていて、息の仕方が分からなくなりそう、で。

「い、い…!」
「あ、ついでにNOは無しネ」

全部権利を奪われて、キスをされた。頭に置かれた手が優しくて、思わず背伸びをしてしまった。そしたら天童くんは笑っていて、私はそれから、もう、知らない。


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