それで、の続きを教えて

「なまえちゃん、」
「はい」
「キス、しようか」

いつも。目の前の彼は私に予測する時間を与えてくれない。いつもいつも。わたしの目が唇が、たじろぐことを面白がっているように、弄ぶように。

「今部活中です」
「知ってるよ?」
「わたしドリンク作らないと、」
「俺の話聞いてた?キスしようか、って」

昔、サンタクロースを信じていた時。クリスマスには、赤い服を着たおじさんが家に来て、わたしの欲しいものを靴下に詰めてくれていた。でもそんなのは結局、子供の戯言でしかなくて、母から徐に伝えられた事実は、あっけなく子供の夢を崩した。多分、なんでも信じることすべてではない、とそうして学んでいけということでもあったのだろう。
でも、それは今考えてやっとわかることだ。

「そういうおふざけばっかりしてるから監督から怒られるんですよ」
「俺怒られてないし」
「さっきよそ見してた時に言われていたじゃないですか、集中しないやつは下げるぞ!って」
「へえー?よく俺のこと見てるねー?」
「…見てないです、」

目の前にいるこの男こそそうだ。その言葉を鵜呑みにしたら、終わり。なんでも目先のものに信じてはいけないことをわたしは分かっている。いるから、目を合わせないようにしているのに。ーーーいつの間にか見てしまう、いつの間にかその姿を脳内に焼き付けてしまう。そんなことさえをも天童先輩にはバレていそうだったから嫌い。好きを通り越して、もう嫌いだ。

「ねえ、なまえちゃん」
「はい」
「今日の髪型、可愛いね」

高い所で結った髪を天童先輩の手が触れる。いつも、どんな強打のスパイクさえ蹴落としてしまうその手が、優しくわたしの髪を撫でていた。

「でも、きらい」
「え?」
「白布とか瀬見とかなまえちゃんの方かなり見てたよ?」
「そんなことないです」
「それがあるんだなー、うなじはロマンだから。だから、」

"こっちが好き"
そう言って天童先輩は結んでいた髪を解いた。その行為があまりにも近いところでされるから、思わず心臓がどきどきと音を立てる。これも、彼の罠なのに。

「…近い、です」
「そうだね」
「離れて、」
「どうしよっか。今ならキスできるくらい近い」

後ろは水道、先輩の両腕が身体の両側に置かれて、ぐいっとさらに距離を縮められる。逃げ場を無くすみたいに近づいて、それからニヤリと天童先輩は笑った。どうする、なんて。聞いたところで全てはあなたが決めるでしょうに。

「キス、してあげる」

ほら。結局わたしに答えも意見も求めない。多分先輩は知っている。わたしがどう思ってるかとか何をしたいかとか。分かっていて、こうやって燻って、それからおもしろがるみたいに焦らす。最低な先輩だ。でも、それに惹かれたわたしは尤も最低な人間なんだろう。

「、ばか」
「…ちょっとそれ可愛い」
「部活、早く戻りますよ」

手を繋いで、体育館に戻る。
その道はどこかいつもより新鮮で、明るい気がした。

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